第28話「ホムンクルス」
ドアに『CLOSE』の札をかけ、防音術式のスイッチを入れた。
ロベリアはカプノスの来訪を心から歓迎する。
心なしか足取りも軽快に見えた。
「ゆっくりしていってください。アナタは特別です」
「悪いがゆっくりしている暇はないんだ」
「黒い花のことですか」
「あぁ、君ならわかるだろ?」
「わかりますが……」
しゃべる気はないらしい。
「なら話題を変えよう。リーネットについてだ」
「……ワタシとお話するのに、ほかの女の名前がいるのですか?」
(いちいち面倒くさいな)
「ワタシとお話するのに、ほかの女の名前がいるのですか?」
「同じこと言わなくていいってば。重要なんだ。おそらく君にしか答えられない」
「なんです?」
「教えてほしいんだ。リーネットの正体を」
「ハァ、やっぱりほかの女なんですね」
「不満なのか?」
「……いえ」
(なんだよ、もう)
「でも、いい機会かもしれませんね。そろそろワタシのことも知ってほしいし」
リーネットのことを教えるということは、ロベリア自身のことを教えるということ。
単純だがそこに並々ならぬ思いが込められていた。
まるでコインの表裏。
切り離せない深い因果が、双方に刻印されている。
彼女の話を聞くことで、それを掘り起こすのだ。
カプノスはソファーに座り、耳を傾けた。
「単刀直入に言いましょう。ワタシたちは、人間ではありません」
「……やはりね」
「ワタシたちに、母親と言えるような女はいない。緻密に計算された培養液の入ったカプセルが子宮がわり。育ての親が科学者といったところでしょうか」
「人造人間って奴かい?」
「正確には魔導性人造人型生命と言われるものです。120年にも渡る魔導技術と遺伝子工学の融合の粋。……何十億年も昔の海で生命が誕生したように、ワタシたちもまた電子と魔力の海から生まれました。そう、温かな動物的本能ではなく、氷点下の理知が子を成したのです。しかし、記念すべき第一号は生後数時間で息絶えました」
ロベリアは自身の姿を棚のガラス戸に映しながら続ける。
「どの神話を紐解いても神が地上に生命を創造したときは壮大であり、そこに人間へのメッセージや讃歌が謳われます。しかし少なくともワタシたちにはそれほどの理由はありませんでした」
「今の時代で言うなら福祉とか、それこそ科学分野とかありそうだけど」
「まさか。強いて言うなら、好奇心です。科学者たちの無邪気で、愚かな知的さ。その結果が我々なんです。ただ作りたいから作った。平和だの未来の発展だのなんてただの後付け」
言葉の節々に、明確な憎しみがにじんでいた。
抽象的な表現の裏で、彼女の感情が渦を巻く。
「長きにわたって彼らがやったのは出来損ないの乱造でした。失敗作は大体は処分。彫刻家が失敗した作品を壊すように。もしくは人間として孤児院に送られて家庭に入ったり、残忍極まりない人体実験、果ては非公式の軍事・宇宙開発に携わったり……ワタシのような成功例であってもその呪縛からは逃れられませんでした」
「物のように扱われることが君にとって────」
「ハッ、物ならまだよかった。意思を持たない機械として生まれたなら、怪能を得る前のあの苦しさはなかったでしょう」
「なにが君をそこまで苦しめるんだ?」
「ホムンクルスの成功例は、誰ひとり例外なく早死にするんです」
カプノスは言葉に詰まった。
淡々と答えた彼女からの事実は、あまりに残酷だった。
「そのことに調べがついたのは、2年生のころでした。多く見積もっても25歳までは生きられないんです。……我々の元になった人物の遺伝子。十全に受け継がれた魔術の爆発的な才能に、成功例の肉体が耐えられないんです」
「まさかその人物というのが、聖堂の……」
「200年前にいた伝説にして最強の魔導士、まだ20歳かそこらだった女の子。それがワタシたちの起源」
カプノスは黙り、ロベリアから目をそらす。
失敗作とは才能をうまく受け継げなかった存在。
だからなのか、肉体にかかる負担も少ない。
リーネットが魔術に無頓着だったのはそのせいだろう。
魔術を伸ばせるほどの才もないホムンクルス。
人間として引き取ったため、それを知らない両親。
認識の齟齬が生まれるはずだ。
「リーネットさんはきっと、自分がホムンクルスだというのは知らないでしょう。失敗作に教える必要のないことですから」
「君は、全部自分で調べたのかい?」
「えぇ、ホラ、よくあるでしょう? 《《自分はなんのために生まれてきたのか》》っていう疑問。その衝動のままに調べて、激しく後悔しました。そして、リーネットさんを見るたびに憎いと感じたんです」
才能のないお前が、なぜのうのうと生きるのか。
長く生きれるお前が、なぜそんなにも時間を無駄にするのか。
「怒りを抑えることはできました。でも、時間は待ってくれません。そして今年のある日、あの出来事が起きたのです」
「メイリー・アンソニー……実験棟の、大事故」
「すごいんですよ? 怪能を得てから、とても身体が楽なんです。学院に入ったあたりから日に何度も咳込んで、いくつもの薬を飲んでいたのに、今は元気いっぱいなんです。魔術は使えなくなりましたけど、なんてことはないんです」
嬉しそうに話すロベリアの笑顔は、どこか無邪気な幼女のよう。
病院で生命維持装置に繋がれながら見舞いに来る両親に笑いかけている。
そんな笑い方だった。
これが成功例という宿命を一身に背負うロベリアの姿。
今を生きること愛し、起源に敬意を抱くさまは、邪悪さは感じない。
そこになんの罪があろうか。
「いつからか、その遺体から採取された遺伝子を用いて、既存の魔導士に変わり人や国を守る新たな守護者にして抑止力を生み出そうという試みが開始されました。それがホムンクルス開発の雛型です。当初は最強かつ人類に従順な生命を増産しようとしましたが長らく難航。……時代が変わるにつれ、テーマもまた変わっていきました」
戦争から平和利用、という名の多目的ビジネスの時代へ。
科学者たちの綺麗な夢と、整った容姿に包装された未熟な命たち。
その産物が、彼女らホムンクルスなのだ。
「ふふふ、もしかして、なんて可哀想なんだろうって思いました?」
「……」
「今からでも、ワタシに協力してくれてもいいんですよ?」
「すまないが」
「どうしても?」
「わたしは現実世界にいられない。それに、怪能の持ち主を野に放つなんてマネはできなない」
「────そう」
またいつもの綺麗な仮面のような表情に。
「ジョン・ドゥ……いえ、カプノスさん」
「なにかな?」
「もしもこの世が舞台であるとして────ワタシやアナタはどんな役を与えられていると思いますか?」
この世は誰もがひとり舞台。
人間は幸せに騙され続けた哀れな役者である。
いつか誰かが言ったこのセリフ。
しかし人ですらない自分たちはなんなのか。
「カプノスさん。アナタは少なくとも世界という舞台に立っている人ではない。言うなれば舞台裏や客席で運命を見守る傍観者。人々の夢の中という、世界の外側から本性が紡ぐ愚かな歴史を見る観測者」
「大袈裟だな。でも確かにわたしは役者には向いてない。となると、君はプリマドンナかな?」
「アナタに見てもらえないプリマドンナの役なんて、惨めなだけ」
「ダンスとか演劇とか、やってたの?」
「ロベリア家に移ったときに少し……」
「それはそれは、恵まれたね」
「幼いころに、アナタに会いました」
「……その話は聞く気はないよ。もう200年も人の夢の中を行き来してるんだ。誰の夢がどうとかなんて、記憶しきれない」
「そうですね。ワタシも少ししゃべり過ぎました」
ふたりが黙ったそのとき、著しいノックが響く。
ただならぬ雰囲気を感じ取り、ロベリアはドアを開くと、
「ち、治安部長! 大変です。黒い花から、化け物がワラワラと!」




