第27話「アダムスカ難航」
「オラ! 出てこいコノヤロウ!」
「取り立てですか?」
ラナフィーのいる部屋の前まで来るが、返事がない。
無理矢理開けようとすれば、またあのカミソリでなにをしでかすやらだ。
なので部屋の外から声をかけるしかない。
とは言え、リーネットの乱暴な言葉に応えるはずもなく。
「もう帰りましょう。今はそっとしておくべきです」
「ぐぬぬぬ……」
「アナタにボコボコにやられたんですから、ショックも相当なものでしょう」
「どういうことだよ。アタシに負けるのがそんなにアレか? 人生の終わりみたいな?」
「それに匹敵します」
「酷い言いようだよったく。……おう、ラナフィー。今外が大変なことになってんだ。黒い花からバケモンが生まれやがる。しかもその花はどこにでも、いつの間にか咲いちまうとんでもねえ怪能だ。もしかしたら気づかねえうちに部屋の隅っこに咲いてるかもな」
それだけ伝えてルヴィアと去っていった。
人手は教員や生徒を使えばいい。
だが、それがどれだけ持つか。
花の増える速度は尋常ではない。
早く怪能の持ち主を見つけなくてはならない。
しかしこういった謎解きは基本的に無力なモノ。
「おい、なんか……騒ぎが大きくなってねえか?」
「ハァ、なんでこう立て続けにトラブルが起きるんでしょう。先生も今どこに……」
「今いないモンを当てにすんな。もしかしたら案外現場にひょっこり顔を出してるかもしれねえだろ」
「そうであることを祈ります」
「とはいえかたまって動くのも芸がねえ。分かれるぞ。アンタ、確かあんまりバレたくないんだろ?」
「では、お言葉に甘えさせてもらいます」
ふたりは駆けだした。
怪能の感覚を頼りにふたりは周囲を探し出す。
────だが、持ち主の気配は一向につかめなかった。
時を同じくし、カプノスは学院治安部の執務室の前で聞き耳を立てていた。
(なんであのアダムスカって奴がいるんだ! 最っっっ悪のタイミングだ!)
「……なるほど、ロベリアさんもこれまでに起きた事件、手がかりなしと」
「そうですね。学院治安部長として情けない限りです」
「そんなことはない。ボクは入学したときからずっとアナタの活躍を見てきたから知ってる」
「ふふふ、光栄ね」
ほんの一瞬、ロベリアの視線が部屋の外に向いた。
すでにカプノスの存在に気付いている。
その視線が壁を貫通しカプノスの背筋を凍らせた。
「今回の事件、立入禁止の実験棟で起きた事故が関連すると思うのですが、どうです?」
「…………」
「あぁ、精神魔術によるプロテクトか。でも、アナタの顔でわかる。やはり……」
「…………」
「彼女は、メイリー・アンソニーはどうしたんです? 生きているんですか?」
「……彼女は、ICUに入っています。学院付属の医療施設でね」
「そこはあっさり言ってくれるんですね」
「アナタは彼女の容態を心配したにすぎません。生徒であるなら当然の感情ですので、お答えしたまで。それに、なんでもかんでも閉口してたら会話になりません。場合によっては沈黙を肯定として、捉えられかねない」
「すでにボクが彼女の情報を掴んでいたのもお見通しか」
「大方、ここへ来る前に色々と情報を仕入れたのでしょう?」
「えぇ、友人たちの力を借りてね」
スマホを手にヒラヒラと振ってみせ、
「お見舞いにでも行きますか?」
「その前に、この学院に奇妙な花が生えているのはご存知で?」
「知っています」
「では、奇妙な影は?」
「影?」
「ぼんやりとした輪郭でしたが、背格好からして男のようでした」
「へぇ……」
「彼もまた、なにか事件に関わりがあると」
「アダムスカ君」
彼女が話をさえぎったことに、思わずポカンとする。
ひと呼吸おいてから、ロベリアはにこやかに、
「アナタ、疲れているのよ」
「え、でもボクは魔眼で見たんだ。黒い花を見てなにかを呟いていた。だから」
「もしもそんな不審な存在がいたのなら、学院に張られている検知結界ですぐにわかるはずです。この学院は1000年以上の歴史を持つ格式高い魔術の学び舎。そんな狼藉者がいるとでも? いるというなら、それは内部の人間と思うのが自然でしょう」
「…………」
アダムスカは押し黙り、了承する。
彼女には頭が上がらない部分があり、そのせいで聞くに聞けなかった。
「最後にひとつだけいいですか?」
「なにかな?」
「ロベリアさん、見ない間に雰囲気が変わりましたね」
「あら、そう見える?」
「えぇ、前より元気というか……すごく怖くなった感じです」
「プッ、アハハハハ! アダムスカ君は本当に面白いですね。学院治安部長をやっていると、どうも肩肘を張ってしまうので、おそらくそのせいかと」
「そうですか」
「こんな怖い上級生はお嫌い?」
「……失礼します」
執務室を出たアダムスカは大した情報がつかめないまま、心にモヤモヤを残す。
その背中を見ながら、カプノスはロベリアが開けてくれるのを待った。
「どうぞ。愛しのお方」
「どうもね」
ドアに面会謝絶の札をかけると、ロベリアはルンルン気分でカプノスを座らせた。
「来てくれると思っていました。すごく嬉しいです。さぁおかけになって」
「ふぅ」
彼のバツの悪そうな顔すら愛おしく思う。
ロベリアの瞳がそう物語っていた。
「もしもし。スパイク、ボクだ」
『あぁ、なんだい?』
「メイリー・アンソニーについての情報が知りたい」
『そんなの検索したら出てくるだろう?』
「わかるだろ?」
『また僕に色々ハッキングしろって言うの? 困るなぁ』
「頼むよ。なにかあってもボクが責任をとる」
『君と違って僕は進路を決めてるんだよ? あんまり迂闊なことはできないんだけどね』
「ふぅ無理か」
『おっと待ちなよ。そう不満げにされるとアレだなあ。別にできないなんて言ってないじゃないか。どうすればいい?』
「ありがとう。そうだな。よし、まずは彼女がなにをしようとしてたか知りたい」
『いいね。僕もあのマッドサイエンティストが、ただ不幸な事故に巻き込まれたっていうのは怪しいと思ってたんだ』
「カバーストーリーにしちゃ雑過ぎるからな。方法は任せるよ」
「オーケー、でも少し時間がかかるよ。例の事件で彼女のパソコンとかデータは処分されてるかもしれないからね。かなり遠回りをしなくちゃいけない」
「了解」
『あぁ、そうだ。ごめん、ひとつ言い忘れてたよ』
「なにか?」
『これ、実は僕が独自に手に入れた学院の極秘情報なんだけど。君の耳にも入れたほうがいいかなって』
「さっきハッキング嫌がってたくせに自分はいいのかい? ……それで?」
『西ノーヴァティア魔導銀行に納められていた学院の運営資金がね、何者かによって盗まれたらしいんだ』
「なんだって?」
『さすがに全額ってわけじゃなかったらしけど』
「いくら?」
『総額、60億グリスさ』
「60億!? いつ!?」
『正確な日時まではわからなかったけど、少なくとも実験棟の大事故が起こる前だ』
「つまり、事件と関係がある?」
『そう見ていいかもしれない』
「ありうるかもね。状況が状況だ。でもなんのために?」
『わからない。この件も調べてみるよ』
「わかった。じゃあそっちは頼んだよ。いつもありがとう、相棒」
『なに言ってるんだい? いつものことだろ、相棒』




