第4話
権力者の末路と、予言の的中を喜ぶ依頼人。物語はここで一区切りを迎える——はずだった。
第4話
三か月後、津田芳彦はサンライズ・ファッションの取締役会において、全会一致で解任された。
「なぜだ」役員室で、津田は震える声で叫んだ。「俺がこの会社をここまで大きくしたんだ! それを、お前らが!」
会長は冷たい眼で津田を見下ろした。「特別監査の結果は、すでに見た通りだ。海外への不正送金、背任行為。もはや、庇いようがない」
「待ってくれ、話せば分かる——」
「話す機会は、もう十分あったはずだ」
津田は結局、警察に逮捕されることはなかった。示談と引き換えに刑事告訴は取り下げられ、彼はただ、社会的な信用のすべてを失った状態で、世間から放り出された。
自宅に戻った津田を待っていたのは、婚約破棄を告げる一通の書面と、それを届けに来た高遠家の代理人だった。
「津田さん」代理人は、感情を交えない事務的な声で言った。「涼子お嬢様との縁談は、白紙とさせていただきます。高遠家として、これ以上あなたと関わりを持つことはできません」
「待ってくれ、話せば分かる——」
「話す機会は、もう十分あったはずです。麻布のマンションのことも、会社のお金のことも、すべて調べはついております」
津田は何も言えなかった。政財界に足場を築くはずだった縁談は、こうして音もなく崩れ去った。
かつての取引先も、友人と信じていた財界人も、潮が引くように彼から離れていった。法は彼を裁かなかった。だが、彼が半生をかけて築いた地位も、名誉ある結婚も、体面も、跡形もなく崩れ去った。
一方、吉沢亜矢の懲戒解雇の記録は、内部告発をきっかけとした社内調査により、静かに撤回された。
津田の解任のニュースが業界紙に載った数日後、亜矢は「アストロロジー妙子」を訪れた。以前とは違い、その足取りは驚くほど軽やかだった。
「先生!」亜矢は控室に入るなり、弾んだ声を上げた。「聞いてください、本当に先生のおっしゃった通りになりました」
妙子は静かに顔を上げた。「落ち着いて、順番にお話しください」
「あの人、会社を解任されて、婚約も白紙になったそうです。信じられません……あの日、先生が『天罰が下ることを星が告げている』とおっしゃった時、正直、半信半疑でした。でも、本当に、驚くほど的中して」
亜矢は興奮を隠しきれない様子で、卓上に身を乗り出した。「先生のカードって、本当にすごいんですね」
妙子はカードの束をそっと撫でながら、穏やかに微笑んだ。「星は、いつも正直なものです。ただ、それを信じて、ここまで自分の足で歩いてきたのは、亜矢さん、あなた自身ですよ」
「でも、先生がいなかったら、私、きっと諦めていました」亜矢は深く頭を下げた。「解雇の記録も、内部告発のおかげで撤回されて。本当に、ありがとうございました」
「お礼はいりません」妙子は静かに言った。「あなたが、今度は自分の意志で選んだ道を歩いてくだされば、それで十分です」
亜矢が帰り支度をしながら、ふと思い出したように言った。「そういえば、先生。占いって、外れることもあるんですか」
妙子は少し間を置いてから、静かに答えた。「ええ。……でも、今回は、外れませんでしたね」
その声には、亜矢には分からない、もうひとつの意味が込められていた。
亜矢を見送った後、妙子はしばらくの間、窓の外の雨上がりの空を眺めていた。控室の隅では、関口が煙草に火をつけながら、ぽつりと言った。
「喜んでもらえて、良かったじゃないか」
「ええ」妙子は頷いた。「でも、彼女は知らない。自分が見た『占い』の裏で、私たちが何をしたのかを」
「知る必要はないさ」関口は煙を吐き出した。「彼女にとっては、これでいい。占いが当たった。それだけで、十分な救いになる」
妙子は答えず、ただ静かにカードを一枚、また一枚と、丁寧に重ねていった。
事件の後、「星辰堂」の看板は、相変わらず色褪せたまま、下町のビルの二階に掲げられている。妙子は今日もまた、新たな悩みを抱えた客のためにカードを切る。
窓の外を都バスが通り過ぎ、ガラス戸がかすかに震えた。
〈次回予告〉
これで終わったはずの物語。しかし、ある雨の夜、妙子はふと違和感を覚え、一つの調査を指示する——最終話につづく。




