【第3話】星の導き、あるいは罠
婚約者の実家、部下、そして世間——津田を取り巻くすべてが、彼自身の手によって崩れていく。
追い詰められた人間の醜さが浮き彫りになる。
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妙子は、涼子の母親が通う占い教室に、講師の代役として潜り込んだ。もともとその教室の主宰者とは、業界の集まりで顔見知りだった縁を頼り、急な休講の穴埋めという名目で教壇に立つことになったのである。
ある日の講座の後、涼子本人が偶然居合わせ、世間話のついでに妙子に相談を持ちかけてきた。
「先生、実は……婚約者のことで」
「婚約者様が、どうかされましたか」
「最近、様子がおかしいんです。結婚の話を進めているはずなのに、帰りが遅くて、休日も出かけることが増えて」
妙子はカードを一枚めくった。「涼子さん。カードは、正直なものです。婚約者様の周りに、あなたの知らない色が見えます」
「色、ですか」
「暗い色です。隠し事の色。……もし、思い当たることがあるなら、目を逸らさない方がいいと思います。ご結婚は、一生を左右することですから」
涼子の顔から、血の気が引いた。「先生は、何か知っているんですか」
「私は占い師です。知っているのではなく、見えるだけ」妙子は静かに微笑んだ。「でも、見えたものを、あなたに黙っている理由はありません」
涼子はしばらく俯いていたが、やがて絞り出すように言った。「実は、私も薄々気づいていたんです。でも、認めたくなくて」
「認めることは、弱さではありません」妙子は静かに言った。「見て見ぬふりをすることの方が、後々、あなた自身を傷つけます」
一方、関口は津田の秘書に接触していた。
「不正会計を告発する動きがあるらしい」関口は、匿名の情報提供者を装って、業界紙の記者に耳打ちした。「サンライズ・ファッションの内部で」
記者は眉をひそめた。「情報源は」
「言えません。ただ、追ってみる価値はあると思いますよ」
噂はやがて、津田自身の耳にも届いた。
「誰の仕業だ」役員室で、津田は秘書を怒鳴りつけた。「俺を蹴落とそうとしている奴がいるはずだ。心当たりを、全部洗え」
「常務、落ち着いてください。まだ噂の段階で……」
「落ち着いていられるか! 俺の足元を、誰かが崩そうとしているんだぞ!」
その日を境に、津田は社内で誰を信用してよいか分からなくなり、かつての腹心の部下にまで疑いの目を向け始めた。
「お前、最近あいつと会っていたそうだな」廊下で呼び止められた部下は、困惑した顔で答えた。
「常務、何のことでしょうか」
「とぼけるな。俺を裏切るつもりなら、只では済まさんぞ」
部下は、それ以上何も言えなかった。
そうした光景を、夏美は密かに社内の防犯カメラの映像を通じて確認していた。「予想通りです」夏美は妙子に報告した。「津田は、疑心暗鬼になって、自分の部下を次々と閑職に追いやっています」
「順調ね」妙子は頷いた。「あとは、決定打を」
夏美は頷き、キーボードに向かった。「香港の口座の資金の流れを、国税庁の内部通報窓口へ、証拠とともに匿名で送ります。同時に、業界紙の記者にも、亜矢さんの送信履歴の改竄を示すログの一部を」
「準備はいい」
「はい」
「なら、送って」
数日後、社内では突然の特別監査が入り、経理部は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
「関口さん」夏美が言った。「高遠家の方は、どうなりましたか」
「涼子さんは、婚約の見直しを両親に相談し始めたそうだ」関口は資料をめくりながら、ぽつりと呟いた。「人間というのは、追い詰められると、一番弱い者を切り捨てる。それが一番よく分かる瞬間だ」
〈次回予告〉
すべてが崩れ落ちる、宿命の終着点。そして、事件は静かな日常の中に沈んでいく——かに見えた。




