幕間
なぜ占い師は、法の外側で天罰を代行する道を選んだのか。堂本妙子という女の、誰にも語らなかった過去。
作戦の骨子が固まったその夜、妙子は一人、控室に残っていた。雨の音が、窓を静かに叩いていた。
妙子はしばらくの間、資料を片付けることもせず、窓の外を眺めていた。雨に濡れたガラスに、自分の顔がぼんやりと映り込んでいる。四十二の女の顔。だが、その眼の奥には、二十年近く前のある夜の記憶が、今も生々しく張り付いていた。
かつて妙子には、夫がいた。堂本という姓は、その夫のものである。夫の名は堂本修一。当時、中堅の精密機械メーカーに勤める、実直なだけが取り柄の技術者だった。
「なあ、妙子」
あの夜、修一は珍しく食卓で、箸を止めたまま話し始めた。
「会社の製品に、欠陥があるんだ。放っておいたら、いつか人が死ぬかもしれない」
「上には、報告したの」
「した。でも、握り潰された。コストと納期の方が大事だってさ」
妙子は、その時の修一の顔を、今でもはっきりと覚えている。困惑と、それでも消えない実直さの入り混じった顔だった。
「あなたは、どうするつもり」
「訴えるしかないだろう。黙っていたら、俺も同罪だ」
「怖くないの」
修一は少し笑った。「怖いさ。でも、正しいことをして怖がるのは、間違ったことをして平気でいるよりは、ましだろう」
その言葉が、妙子の中に今も残っている。
修一は内部告発という道を選んだ。結果として、会社は一時的な処分を受けたが、経営陣は巧妙に責任を末端に押し付け、告発者である修一こそが「情報漏洩」の犯人として社内外に糾弾された。
窓の外を都バスが通り過ぎ、ガラス戸がかすかに震えた。妙子は静かに、卓上の写真立てに眼をやった。色褪せた写真の中で、修一が少し照れくさそうに笑っている。
「今度こそ、見過ごさない」
妙子はそう呟くと、写真立てをそっと伏せ、机の上の資料を静かに整え直した。津田を追い詰めるための、明日からの計画のために。
〈次回予告〉
妙子の計画、いよいよ実行段階へ。婚約者の実家、業界紙、そして国税庁——津田の足元が、静かに崩れ始める。




