【第2話】水面下の網
第2話
元刑事と天才エンジニア。それぞれ組織に裏切られた過去を持つ二人が、標的の裏側を丹念に洗い出していく。冷徹な調査の果てに見えてきたものとは——。
関口忠は、かつて警視庁捜査二課に籍を置いた男である。定年を三年残して依願退職したのは、上層部が財界の不正を握り潰す現場を、あまりにも多く見過ぎたためだった。今は妙子の「事務所」の実務を一手に引き受けている。
三好夏美は、二十八歳。かつて大手都市銀行のシステム部門にいたが、内部の不正融資を告発しようとした矢先、逆に横領の疑いをかけられ、会社を追われた。妙子に拾われて以来、夏美の指はキーボードの上で、かつてなく自由に動く。
控室に集まった三人。関口は資料を広げながら、渋い顔をしていた。
「津田芳彦。四十八歳。サンライズ・ファッションの常務。銀座の会員制クラブ、赤坂の料亭、そして愛人と噂される女が住む麻布のマンション。月に二度、決まった曜日にそのマンションへ通っている」
「愛人がいるのは、想像通りね」妙子が言った。「問題は、そこじゃないでしょう」
「ああ」関口は頷いた。「それと、もうひとつ。津田には婚約者がいる」
「婚約者」
「高遠涼子。三十二歳。有力代議士の一族に連なる家の娘だ。津田はこの縁談を、自分の政財界での足場を固めるための足がかりにしている節がある」
妙子は眉を寄せた。「つまり、彼にとって結婚は、愛情の話ではなく、地位の話ということね」
「そういうことだ」
「夏美、例のあれを」関口が続けた。
夏美はノートパソコンの画面を二人に向けた。「サンライズ・ファッションの経理システムを調べました。津田が管轄する子会社の一つが、実体のない海外のペーパーカンパニーへ『コンサルティング費用』名目で不自然な送金を繰り返しています」
「金額は」関口が尋ねた。
「年間にして数億円。受け皿は香港の口座です。個人の資産と、巧妙に結びついています」
関口は腕を組んだ。「これは、単なる女性関係の問題じゃないな。会社の金を私物化している」
「しかも」夏美が付け加えた。「亜矢さんへの機密漏洩の濡れ衣も、この金の流れを隠すための目くらましだった可能性があります」
「証拠はあるの」妙子が尋ねた。
「送信履歴の改竄ログを掘り起こしました」夏美は画面を切り替えた。「亜矢さんのIDからの『漏洩』とされる送信は、実際には別の端末——津田の秘書のパソコンから、時刻を偽装して行われたものです」
「秘書が、単独でやったこととは思えないわね」
「思えません」夏美は頷いた。「これは、津田の指示、あるいは黙認がなければできないことです」
妙子は資料を見つめながら、静かに言った。「彼を破滅させるには、暴力はいらない。彼が積み上げてきたものを、彼自身の手で崩させればいい」
「具体的には、どうする」関口が尋ねた。
「三段構えよ」妙子は答えた。「まず、高遠家に接近する。次に、彼自身の傲慢さを利用する。そして最後に、資金の流れを表に出す」
関口は小さく笑った。「相変わらず、容赦がないな」
「容赦する理由がある」妙子は静かに言い返した。「彼にあって、亜矢さんにはなかったもの」
「――地位と権力、か」
「そう」妙子は頷いた。「それを、私たちが取り上げる」
〈次回予告〉
なぜ妙子は、法の外側で天罰を代行する道を選んだのか。次回は本編を離れ、彼女の過去に迫ります——幕間につづく。




