↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
79/98

079 傭兵の常時雇用①

 コトナの新居にあるフィクスの自室は、厚い石壁のおかげで外の熱気も遮られ、心地よい静寂が満ちている。卓を挟んでフィクスの向かいにはフィロメラが腰掛け、その横には淡い燐光を纏った等身大の女性の姿――ジェミニが、実体と見紛うばかりの佇まいで腰を下ろしていた。壁際には侍女のアリタが寸分の乱れもなく控え、卓上に冷めたハーブ茶の器を音もなく整えている。


 フィクスは、三人に話しかける。


「いつか来るかもしれない破局に備えて、エリミオンでも傭兵の常時雇用を増やしておきたいんだよね」


 フィクスの言葉に、フィロメラは、即座に実務家としての慎重さが宿る。


「……常時雇用、でございますか。お気持ちは痛いほど分かります。ですがフィクス様、それはあまりに危うい賭けでございます」


 フィロメラは視線を卓上の図面からフィクスへとまっすぐに向けた。


「王宮の第八王子であるフィクス様が、独自の武装集団を大っぴらに養うなど、父や兄たちはもちろん、何よりアカイア王宮が黙っていないでしょう。『第八王子が兵を集めて良からぬ企みをしているのではないか』と疑念を持たれれば、エリミオン全体が不安定になります。それに、ただ槍を持たせて遊ばせておけば、莫大な財を食い潰すだけ、フィクス様の財力でも、立ち行かなくなりますわ」


 フィロメラの指摘は的確だった。古代の支配層において、私兵の拡大は反逆の烽火と同義である。


「確かにその通りだな。食わせるだけでも財政が圧迫されるし、周囲の疑心暗鬼と警戒を生む」


 ジェミニが軽い調子で応える。


『フィクス、発想をひっくり返せばいいのよ。武力として雇うから怪しまれるし、飯を食わせるだけで費用が嵩むわ。だったら、最初から「働いて利益を稼ぎ出す集団」にしちゃえばいいんじゃない?』


「働いて利益を……? 傭兵に、畑を耕させるのですか?」


 怪訝そうに眉を寄せるフィロメラに、ジェミニは楽しげに指を振った。


『違うわよ。荒くれ者たちに今さら鍬を持たせても能率が悪いわ。彼らが得意なのは、集団で動き、重い糧食や武器を担ぎ、荒野を移動して身を守ることでしょう? だったら――「運輸業」を立ち上げるのよ。陸と海で、領内の荷物を運ぶ専門の組織を作るの』


「運輸……荷運び、でございますか」


 フィロメラが思案するように目をしばたたかせた。そこへ、壁際に控えていたアリタが静かに歩み寄り、冷徹なまでの正確さで言葉を継いだ。


「ジェミニ様の案は合理的です。輸送、荷の護衛、荷役作業であれば、傭兵経験者の能力をそのまま活かせます。平時は港や村々の物流を担って利益を上げ、有事の際にはそのまま海路・陸路での物資輸送や住民の退避、補給部隊として機能します」


「なるほど……!」


 フィクスは膝を打った。


「輸送と護衛の需要に結びつければ、武装した集団を抱えていても『港の荷役や街道の警備のための人員だ』と対外的に説明がつく。さらに領主家と共同事業にして、雇用人数や警備範囲、有事の指揮権を共有すれば、アルケシラオス殿や義兄上の疑念も防げるはずだ」


 フィロメラの表情にも、急速に納得の光が広がっていく。


「それなら父も納得いたしますわ」


 アリタが無表情のまま淡々と更なる案を進言した。


「エリミオンの街道は、ナバルノ港と領都を結ぶ線を除き、まだまだ未整備です。ですので、街道整備と土木建築を担う『派遣業』を合わせるべきかと存じます。傭兵や屈強な人員を土木の人足として組織化し、領主館や村々の普請現場へ派遣するのです。彼らが街道や排水溝を整備すれば、運輸の荷車が通れるようになり、有事には防壁の補修や道路の復旧部隊として活躍できます」


「街道を直す人足を派遣し、直した道を馬車が走る……!」


 フィクスが呟くと、ジェミニが満足げに頷いた。


『そう! 土木派遣と運輸業。この二つを組み合わせれば、平時は稼げる事業になり、有事には兵站と工兵の役割を果たす。これなら誰にも文句は言わせないわよ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。