059 窯場への出資
ナバルノの港から届く報告は、日を追うごとにその厚みを増していた。
かつては閑古鳥が鳴いていた文字や数字の表が、船大工クレオンの親孝行をきっかけに飛ぶように売れ始めている。それに伴い、祖父の開墾や父の最初の船出を刻んだ記念碑の注文が相次ぎ、さらには港の店に並ぶ灰釉の器や、日々の取引に欠かせない陶貨「オル」の補充も追いつかなくなりつつあった。
どれもが土を捏ね、釉薬を掛け、窯の火で焼き締める仕事である。
コトナの居宅で、フィクスは手元に積まれた注文の覚書を指先で弾きながら、小さく息を吐いた。
「エウメロス一人の窯に背負わせるには、もう限界だな。いくらあいつの腕が立ち、若い衆を束ねているとはいえ、親父さんの窯を間借りしたままでは、これ以上の仕事は捌ききれない」
「ええ。長男や次男との兼ね合いもありますし、工房の広さも火床も足りていません」
控えていたアリタが、淹れたてのハーブ茶を卓に置きながら静かに頷いた。
エウメロスは陶工の三男坊だ。腕は確かだが、いずれ実家の大きな窯を継ぐ立場にはない。これまではフィクスが個人的に持ち込む便器や日用品の試作、そしてオルや記念碑の製作を引き受けてくれていたが、いまやその仕事量自体が一つの立派な産業になろうとしていた。
「独立させるべき頃合いだな。新しく土地を当てて、エウメロス自身の窯を構えさせよう」
フィクスが言うと、姿を現したジェミ二が言う。
『いいわね、産業育成! でもフィクス、窯を築く費用はどうするの? 石積みや耐火粘土の調達、薪の確保に職人の手間賃……若造のエウメロスにそんな蓄えがあるはずないわよ。全額出してあげるの?』
「いや、全額施すつもりはないよ。それでは自立した工房にならない」
フィクスは思考を巡らせながら、椅子に深く腰を預けた。
「窯を築き、当面の道具や薪を揃えるための費用の大体は、俺が出す。残りは、エウメロスの蓄えから無理のない範囲で出してもらう。だが、彼自身の技術や工房を切り盛りする経験や知識も考慮するべきだろう。だから、出した費用に関わらずに出資の比率としては半々、五分と五分にしようと思う」
『なるほど。形式上は対等な共同出資ね。でも、となると問題は上がった儲けの分け前よ。出資比率が半分ずつだからって、利益の半分をフィクスが毎回吸い上げたら、あの子は立ち行かなくなるわよ?』
「私もそう思います、マスター」
アリタが淡々とした口調で会話に加わった。
「実際に泥にまみれ、火の番をするのはエウメロスです。マスターは日々の作業には立ち会われません。利益の半分を持っていかれては、新しい薪を買うことも、若い職人を雇い入れることも難しくなります」
「分かっているさ。だから、どの程度の配当を工房から受け取るのが妥当か、相談したかったんだ」
フィクスは前世やこれまでの世界で見てきた、様々な会社の仕組みを思い返していた。
株式会社のような厳密な制度を、この青銅器時代のエリミオンにそのまま持ち込むつもりはない。複式簿記もなければ、株主総会もないのだ。だが、「金を出した者が、事業の稼ぎの一部を継続して受け取る」という資本の巡りそのものは、宮殿がすべてを吸い上げて配給する硬直した経済を打破するために、どうしてもこの地に根付かせたい仕組みだった。
『エウメロスの立場を守るなら、まずは工房に体力をつけさせるのが先決よ』
ジェミニが思念の中で指を立てるような気配を見せた。
『最初の1年や2年は、フィクスへの分け前は一切ゼロにしてはどう? 出た儲けは全部、工房の拡張や職人の手当て、原料の仕入れに回させるの。工房が独り立ちして、商売が安定して軌道に乗るまでは、手元に蓄えを持たせてあげなきゃ』
「賛成です」
アリタが頷く。
「そして経営が安定した後は、年間の総収入から粘土代や薪代、雇った職人への手間賃といった必要経費をすべて差し引き、手元に残った純粋な儲け――その三割を配当として外へ出し、残る七割は工房の蓄えとして残させるのがよろしいかと存じます」
フィクスは二人の意見を頭の中で組み立ててみた。
工房に残る七割は、次の窯の増設や事業が不振の年の備えになる。そして外に出す三割の配当を、出資比率である五対五で分ける。となると、フィクスが実際に手にするのは全体の十五パーセント、エウメロスは自らの配当分と合わせて工房の実入りを大きく確保できる計算だ。
「……よし、それでいこう。最初の二年間は工房の儲けをすべて再投資に回し、俺への配当は取らない。三年目以降、経営が落ち着いてからは、経費を引いた儲けの三割を配当とし、その半分――つまり全体の十五パーセントを俺の取り分とする。何より工房を育てるのが大事だ」
『決まりね。それにこれ、エウメロスにとっても良い文字と計算の練習台になるわよ。「儲け」を割り出すためには、何にどれだけ使ったかを正確に記録しなきゃいけないんだから』
ジェミニの言う通りだった。
「マスター、エウメロスは王子様の提案ですから、これに同意するとは思います。しかし、それが心からの物なのかは別です」
アリタが心配そうに言う。
「そうだね、無理強いをしない工夫をするよ。いくつか選択肢を提示してエウメロスに時間を掛けて選んでもらおうと考えている」
フィクスがそう言うと、アリタは安心したように微笑んだ。




