048 料理大会開催の根回し
アルケシラオスが卓へ戻したオルを、フィクスはすぐには包み直さなかった。港に使う場所については了承を得られた。食堂、店、交換所についても、大きな問題はない。だが、建物だけあっても食堂にはならない。
「もう一つ、お願いがあります」
「食堂で働く者を集めたいんです。特に、料理を任せられる人を」
「料理人なら、こちらで何人か探させましょうか」
「それでも見つかると思います。ただ、今回は少し違うやり方を試したいと思っています」
アルケシラオスは答えず、先を促した。
「冬の間に、料理の腕に自信のある者を集めて、同じ食材で料理を作ってもらいたいんです」
「競わせるのですか?」
「腕比べですね」
フィクスは言葉を選んだ。
「春から始める食堂で出せる料理を探したいんです。それと、そこで働いてもらえそうな人も」
アルケシラオスは少し考える。
「厨房で働く者を集めれば済む話では?」
「それだと、今すでに料理人として働いている人しか見つかりません」
「ほかにもいると?」
「いると思います」
フィクスはナバルノ港で見てきた人々を思い浮かべた。
宿で食事を作る者もいる。船乗りへ魚を焼いて売る者もいる。村々には家族や大勢の働き手の食事を毎日作っている者がいるだろう。
「村で、あの人の魚料理はうまいとか、この家の煮込みは評判がいいとか、そういう人はいませんか」
「それは、いるでしょうな」
「そういう人も呼びたいんです。男でも女でも構いません。今、料理を仕事にしているかどうかも問いません」
アルケシラオスが少し笑った。
「ずいぶん広く探すのですな」
「商人が、わざわざナバルノに寄港しようと思うような料理を出す店にしたいので」
その一言で、アルケシラオスの表情から笑みが薄れた。
先ほどまで話していたこととつながったのだろう。
「商人を港へ集めるための食堂でしたな」
「はい。腹を満たすだけなら、船でも宿でもできます」
それでは意味がない。
船を操る商人が、あの店へ行こうと思う。
食事を終えてもすぐ席を立たず、隣に座った別の商人と話をする。
そこで新しい取引が生まれる。
「だから、まず料理そのものに理由がほしいんです」
「それで腕比べをする」
「ええ」
アルケシラオスは卓を指先で軽く叩いた。
「どのように人を集めるおつもりです?」
「領内へ触れを出していただけませんか」
「料理人を寄越せ、と?」
「料理人だけではなく、料理を得意とする者を知らせてほしい、と」
フィクスは少し考えてから続けた。
「本人が来たいと言ってもいいですし、村から推薦してもらってもいい。領都やコトナの厨房、宿、港で料理をしている者にも声をかけたいと思っています」
「主人に仕えている者は?」
「もちろん、勝手に連れてくるつもりはありません。主人の許しを得た者だけです」
「奴隷でも?」
「主人が認めるなら構いません」
アルケシラオスはそこで一度、フィクスを見た。
「勝った奴隷を、フィクス様が欲しいとおっしゃるのではないでしょうな」
「言いませんよ」
フィクスは苦笑した。
「その人に食堂で働いてもらいたければ、主人と改めて相談します。腕比べへの参加と、その後どこで働くかは別の話です」
「それならよろしい」
領主としては、そこを曖昧にはできないのだろう。
フィクスも同意した。
「料理に使う材料はこちらで用意します」
「参加する者に持参させないのですか?」
「それでは、良い食材を持っている者が有利になります。それに、食堂で使えないような高価な材料でうまいものを作られても困ります。但し、秘伝のスパイスや調味料があれば使ってもらって構わないと考えています」
アルケシラオスが眉を上げた。
「なるほど」
「麦や大麦、油、野菜、香草、塩。それに港なら魚ですね。実際にナバルノで手に入りやすいものを渡します」
「同じものを?」
「最初はそうします」
同じ材料を渡せば、違いが見えやすい。
だが、フィクスが知りたいのは味だけではなかった。
「それに、作っているところも見ます」
「作っているところを?」
「はい。十人分なら作れても、五十人分になったら何もできない人では困ります。材料を無駄にしないか。火を待っている間に別の仕事ができるか。道具や食材をどう扱うかも見たい」
フィクス自身、料理は嫌いではない。
むしろ好きな方だった。
だからこそ、料理がうまいことと、食堂を回せることが同じではないのも分かっている。
一皿を時間をかけて美しく仕上げる者より、ありふれた魚と麦から、短い時間で何十人分もの食事を安定して作れる者の方が、港では役に立つこともある。
「一番うまい料理を作った者を、そのまま料理頭にするわけではないのですな」
「そのつもりはありません」
「では、勝ち負けはどのように?」
フィクスは少し考えた。
「客にも選んでもらおうと思っています」
「客?」
「港で働く人や商人、船乗り、職人たちです。食堂を実際に使うのはそういう人たちでしょう」
アルケシラオスの目が細くなる。
「領主や王子の舌ではなく?」
「私が好きな料理を出す店ではありませんから」
その答えに、アルケシラオスが小さく笑った。
「フィクス様らしいですな」
「食べる人がまた食べたいと思う方が大事です」
「しかし、どうやって選ばせます?」
「料理ごとに壺を置きます。一人にオルを一つ渡して、一番気に入った料理の壺へ入れてもらう」
フィクスは卓のオルを指で軽く転がした。
「数えれば、どれが好まれたか分かる」
「はい。壺に入れられたオルは料理人のものになります」
もっとも、それだけで採用を決めるつもりはなかった。
「客に好まれる料理を知るためのものです。料理人を選ぶときには、別のところも見ます」
「たとえば?」
「魚を扱うのが上手な人。パンを焼かせると上手な人。味では一番でなくても、大勢の食事を手早く作れる人。材料をきちんと管理できる人」
そこまで言ってから、フィクスは少し間を置いた。
「それから、清潔に仕事をする人ですね」
「清潔?」
「きちんと手を洗う。食材を汚れた場所へ置かない。水や道具を雑に扱わない。腐りかけたものを平気で使わない。その辺りです」
アルケシラオスは頷いた。
「店を任せる者を一人選ぶのではなく、働く者を何人も探すための催しというわけですか」
「そう考えています」
優勝者が一人いれば済むわけではない。
厨房には何人もの人間が要る。
料理そのものだけでなく、仕込み、火の管理、パン、魚、食材の保管。それぞれ得意な者が違っていても構わない。
「それなら、領内から何人か集める意味はありそうですな」
アルケシラオスは椅子へ深く腰を下ろした。
「それで、褒美は壺に投票されたオルだけですか?」
「他にも用意します」
「何を?」
「褒美としてのオルも別途用意します」
アルケシラオスが陶片を見る。
「これだけではありませんよ」
フィクスはすぐ付け加えた。
「まだ、オルが何と交換できるか誰も知りません。それだけ渡されても、褒美だとは思えないでしょう」
「それはそうでしょうな」
「油や布、器など、誰にでも価値の分かる品を一緒に出します。その上で、オルも渡す」
そして会場の一角には、オルと交換できる品を置く。屋台も出す。
フィクスはそれを説明した。
「この陶片を何枚持っていけば、何と交換できるのか。それを実際に見せたいんです」
「腕比べを見に来た者にも?」
「見てもらいます」
アルケシラオスはしばらく黙っていた。
料理人を探す。
食堂を知らせる。
そこで出す料理を選ぶ。
そして、まだ誰も知らないオルという陶片の使い方まで見せる。
「……一つの催しで、ずいぶん色々なことをなさいますな」
「せっかく人を集めるんですから、みんなに楽しんでもらいましょう」
フィクスは穏やかに答えた。
「春になってから料理人がいないと慌てて探すより、冬のうちに試しておいた方がいいでしょう。それに、食堂を開いてから客が来ないと分かるより、先に何を食べたいのか知っておきたい」
アルケシラオスはしばらくフィクスを見ていた。
やがて、口元に笑みを浮かべる。
「分かりました。触れはこちらから出しましょう」
「ありがとうございます」
「村々には、料理に自信のある者だけでなく、評判の良い者がいれば知らせるように伝えます。領主館の厨房にも話しておきましょう」
「助かります」
「場所は?」
「領都の広場を一日使わせていただきたいのです」
「分かりました。冬は催しも少ない。見物したい者は多いでしょうな。ある程度の物資も提供しましょう」
「ありがとうございます」
フィクスは更に続ける。
「お願いがあるのですが、アンティロコスとフィロメラをしばらくお借りできませんか」
「なんのためですか?」
「私はエリミオンの人間をまだ十分に知りません。誰に声を掛ければ人が集まるのか、誰に何を頼めばよいのかも、二人の方がよく知っています。それに、私一人で決めるより、領主家の二人にも運営に加わってもらった方が、領内の者も安心して参加できるでしょう」
「アンティロコスは構いません。あれにも領内の者を動かす経験を積ませたいと思っていました」
「フィロメラも、本人が望むのであればお連れください。ただし――」
「料理の腕比べを見物させるために、二人を借りるのではありませんな?」
「もちろんです。働いてもらいます」
「でしたら結構です。好きにお使いください」
アルケシラオスは楽しそうに笑った。




