036 ナバルノ港①
コトナから約3km、ナバルノ港へ着いたのは、陽がかなり高くなってからだった。
フィクスの後ろにはアリタとコトナでつけられた初老の男の従者リュサンドロス、それに護衛が二人ついている。リュサンドロスは運びやすいように縄で括られたオリーブ油の壺を提げている。
岸近くには大小の船が繋がれ、荷を下ろす男たちの声が飛び交っている。魚の臭いに潮と汗、それに油や葡萄酒の匂いまで混じっていた。荷を担いで倉庫へ向かう者がいる一方で、壺や籠を地面に置き、その場で話し込んでいる者もいる。
海岸のすべてが船着き場になっているわけではない。湾の奥へ入り込んだ穏やかな水面に沿って、浜と岩場と、人の手を加えた場所とが入り交じっている。
海へ低く突き出した石積みの船着き場には、小ぶりな船が一艘寄せられていた。石は切り揃えられたものではなく、大きさの違うものを積み重ね、隙間へ小石を詰めて固めてある。船縁と船着き場との高さも揃ってはいない。男たちは船から壺を受け取ると、二人がかりで持ち上げ、足元を確かめながら陸へ運んでいた。
その隣では、もっと小さな舟が浜へ船首を向けている。波打ち際まで寄せたところを数人の男が囲み、掛け声を合わせて砂の上へ引き上げていた。
さらに沖を見ると、帆を畳んだ船が錨を下ろしている。
船と岸との間を、小舟が往復していた。
「全部、あそこへ着けるわけではないんだね」
フィクスが石積みの船着き場を見ながら言うと、少し後ろを歩いていたリュサンドロスが答えた。
「大きな船は、あちらで荷を移すこともございます。海が荒れていなければ、そのほうがよいこともございますので」
「なるほど」
フィクスは足を止め、小舟の動きを目で追った。
沖の船から荷を受け取る。小舟で運ぶ。浜へ着けば、また別の男が受け取る。
そこで終わりではない。
浜には壺や籠、革袋、木箱などがいくつもの塊になって置かれていた。荷を下ろした男が何かを告げ、それを聞いた別の男が荷を確かめている。そこから再び人夫が担ぎ、少し離れた倉庫へ運ぶものもあれば、ロバの背へ左右に振り分けて載せるものもあった。
フィクスはしばらく黙って眺めていた。
船から小舟へ。
小舟から浜へ。
浜から一時置場へ。
そこから倉庫へ。
一つの荷物が陸へ上がるまでに、何人もの手を渡っている。
港の奥へ進むにつれて、今度は建物が増えてきた。
海際から少し離れたところに、倉庫が何棟か並んでいる。
「あの倉庫は?」
フィクスが尋ねた。
「アルケシラオス様のものでございます」
リュサンドロスが指したのは、その中でも大きな建物だった。
「領主館へ納められる物のほか、領主家で扱う品も入ります」
「その隣は?」
「あちらは王家へ送る物を置くところです。船を待つ間などに使います」
フィクスはそちらへ目を向けた。
自分が管理するコトナも王家の公有地である。そこで集められた物資の一部が、必要に応じてこうした場所を通ることになるのだろう。中央から遠いエリミオンは、王家から管理の大部分が任せられている。それでも、王家へ流れる物資そのものが消えるわけではない。
「あっちは?」
少し離れたところにも、小さな倉庫や物置が並んでいた。
「それぞれ違います。商いをする者が借りているところもございますし、この辺りの家が使っているところもございます」
「農家も?」
「多く作る家でしたら」
そこでフィクスは足を止めた。
ちょうど一つの倉庫から、二人の男が壺を運び出している。港へ持ってきたばかりではない。中から出している。
「売るものを、ここに置いておくの?」
「左様でございます」
「船が来るまで?」
「それもございます」
リュサンドロスは、何を不思議がっているのか分からない様子だった。
フィクスは倉庫から運び出される壺を見た。
王や領主の倉庫だけではない。
自分の余剰を蓄えて、交換する機会を待つ者のための保管場所もある。
港とは、船が来る場所だけではないらしい。
海と陸との間に物を貯めておく場所でもある。
そのことを頭の片隅へ置いて、フィクスは再び歩き出した。
倉庫の並びを抜けると、港の雰囲気が少し変わった。
荷役をしている者ばかりではない。
壺を前に置いて座っている男がいる。その向かいには、明らかにこの土地の者ではない服装をした男がしゃがみ込んでいた。少し先では女が織物を広げ、別の異国人が端を指で摘まんで確かめている。
その周囲にも、小さな人だかりがいくつもできていた。
フィクスは歩みを緩めた。
フェニキア人だ。
王宮にいた頃、海外との交易といえば、もっと大きなものを思い浮かべていた。船いっぱいの銅や錫、油、葡萄酒、貴重な品々。それを王や領主が扱い、書記官が記録する。
だが、ここで行われているものは違う。




