031 外出許可
陶工のことを頼んでから数日後、メネステウスが執務の合間に尋ねてきた。
「先日お話のございました陶工ですが、こちらへ呼ぶのであれば、いつ頃がよろしいでしょうか」
フィクスは手元の粘土板から顔を上げた。
「呼ばなくていいよ。こちらから行きたい」
メネステウスは一瞬、聞き違えたような顔をした。
「……窯場へ、でございますか」
「そう。作ってほしいものの話をする前に、窯を見ておきたいんだ。どんな粘土を使っているのか、窯がどれくらいの大きさなのか、どの程度のものまで焼けるのかも見ておきたい」
「でしたら、馬をご用意いたします」
返事は早かった。気持ちを切り替えたようだ。
「窯場までは少々距離がございます。朝に出れば十分に着けますが、山麓へ向かいますので、平地ばかりではございません。フィクス様がお出向きになるのでしたら、騎馬の護衛も――」
「いや、今回は歩いていきたい」
今度こそ、メネステウスが黙った。
「……徒歩で、でございますか」
「うん」
「フィクス様。朝に発って、夕刻近くまでかかる距離でございます。窯場をご覧になることが目的でしたら、道中でお疲れになる必要はございません」
メネステウスの言うことはもっともだった。
フィクス自身、単に陶工と話すことだけが目的なら馬を選んだだろう。
「窯だけを見たいわけじゃないんだ」
メネステウスがフィクスを見る。
「この地方のことを、もっと知っておきたい」
「と申されますと?」
「窯場で焼いた壺や甕は、ここまで運ばれてくるんでしょう?」
「はい」
「だったら、その道も見たい。荷車がどこまで入れるのか。ロバなら問題なく通れるのか。坂はどのくらいあるのか。途中に水を得られる場所があるのか。それは馬に乗って通り過ぎるより、歩いた方がよく分かる」
王宮にいた頃、粘土板の上では土器はいくつという数でしかなかった。
だが、コトナへ来てから、その数字の向こうにあるものが少しずつ見え始めている。
「これから他の村にも行くことになると思う。畑だけじゃなく、いろいろな作業場も見ておきたい。管理棟で報告を聞くだけでは、分からないことがあるからね」
メネステウスはすぐには答えなかった。
フィクスも急かさない。
やがてメネステウスが小さく息を吐いた。
「……護衛はこちらで選ばせていただけますか」
「もちろん。但し、エルド山地の傭兵は一人連れていきたい。使えるかどうか見たいんだ」
「……お考えは分かりました。それと、日帰りは認められません。夕刻に着く距離から、その日のうちに戻ることはできませんので、窯場か近隣で宿泊していただきます」
「それでいい」
「では、道を知る者を同行させます。それと、馬も用意させていただきます」
フィクスは首を傾げた。
「歩くと言ったよ」
「承知しております。ですが、一頭はお連れください」
「私が乗るため?」
「フィクス様がお疲れになった場合にも使えますし、怪我人が出た場合にも使えます。何もなければ荷を載せればよろしいでしょう」
そこまで言われれば断る理由はなかった。
「分かった。それは言うとおりにしよう」
メネステウスはようやく頷いた。
「では、その条件で手配いたします」
「ありがとう」
窯場は、コトナから内陸へ入り、山地へ近づいたところにあるという。
その位置を聞いて、フィクスには理由が分かった。
山には森林がある。窯で大量に使う薪や柴を得るには都合がいい。一方、山を深く入りすぎれば、今度は作った壺や甕を運び出すのが難しくなる。
山麓から平野へ移るあたりなら、水を得られる場所もあり、使える粘土も近くにある。
そこで焼いた器が道を下り、農村やコトナへ運ばれ、さらに領都や港へ流れていく。
粘土板の上ではただの「陶器」だったものにも、作られる場所がある。
それを確かめられるだけでも、出向く価値はあるように思えた。
同行する者も決まった。
レオン。それに、以前からコトナで護衛を務めている男が二人。そのうち一人は窯場へ何度も行ったことがあり、道を知っているという。
そして、希望通り傭兵を一人。
アグリオン村から来た者たち全員を連れていくことはしない。
雇った以上、働いてもらう。
だが、赴任の隊列を襲った者たちを、数日で完全に信用するのも違う。
今は一人ずつ、仕事ぶりを見る。
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居館へ戻ると、フィクスはその予定をアリタにも伝えた。
「明後日の朝に出ることになった。向こうで二泊する」
「同行者は?」
「レオンと、コトナの護衛が二人。それから傭兵を一人」
アリタはわずかに眉を寄せた。
「私が入っておりません」
「うん。今回は留守番を頼む」
「なぜですか」
予想していた問いだった。
「私が同行すれば、護衛上の問題はほぼなくなります」
確かに未来の最も技術が成熟した時代に製造され、ジェミニにより知性が与えられたアンドロイドのアリタが側に居れば、ほぼ物理的な脅威からは解放される。事実、エルド山地で襲撃されたときにもアリタの働きにより襲撃者を捕らえている。
『まあ、そうだよね』
ジェミニが口を挟んだ。
「ジェミニ」
『事実は事実だから。でも、マスターにも考えがあるんでしょ』
フィクスは頷いた。
「この物語世界での私はもう十五歳だ」
「存じております」
「王宮の中ならともかく、これからはコトナの管理人として外を歩くことが増える。そのたびに特定の侍女をいつも連れて歩くのは、あまり具合がよくない」
「私は護衛としても――」
「それを知っているのは私たちだけだよ」
フィクスは穏やかに遮った。
「十五にもなった王子がいつも侍女と一緒、他の人からどう見える?」
アリタは黙った。
フィクスは言葉を継いだ。
「近場への同行なら誰も気にしないかもしれない。でも、これから方々の村にも行くし、畑にも行く。山へ入ることもあるだろう。その全部についてきてもらうわけにはいかない」
『それはマスターの言う通りだと思うよ』
今度はジェミニがアリタの方を見た。
『アリタが毎回ついていったら、「あの侍女は何なんだ」って、そのうち別の意味で目立つし』
「ですが、フィクス様の安全を考えれば――」
「だから護衛を四人連れていく」
レオンを含めれば、土地を知る者も、武器を扱える者もいる。
「それで行けない場所なら、そもそも私が普通に領内を見て回れる場所じゃない。これから先のことを考えれば、コトナの護衛だけで動けるようにしておく必要もあると思う」
アリタは納得しきってはいないようだった。
フィクスにもそれは分かる。
彼女にとって、自分を守ることは単なる役目ではない。その能力から考えれば、同行した方が安全なのも疑いようがなかった。
それでも、アリタの存在を前提にしなければ何もできない立場になるわけにはいかない。
『それにさ』
ジェミニが少し軽い調子で続けた。
『今回は窯場でしょ。道も知ってる護衛がいるし、山賊を探しに行くわけでもない。何かあったら、次から護衛の組み方を考え直せばいいじゃない』
「そう、普段から陶器の搬出や物資の運搬に使われている道だよ」
「……何かあってからでは遅いのですが」
『それを言ったら、マスターを一生部屋から出せないよ』
アリタがジェミニを見た。
『私だって一緒に行くし』
その一言で、アリタの視線がフィクスの左手首へ落ちた。
「いざとなったら、ジェミニに身体を操ってもらえば、古流剣術の達人にも、体術の達人にもなれるしさ。他の物語世界でやったことあるでしょ」
しばらくして、アリタは小さく息を吐いた。
「分かりました」
「ありがとう。それに、ここで別行動をしておけば、もっと安全な港なんかには一緒に行っても言い訳が立つと思うよ。いつも一緒って訳じゃないよって」
「ただし、予定を変更して別の場所へ向かうことはなさらないでください」
「分かった」
「夜になってから移動することも認めません」
「それもしない」
「危険を感じた場合は、視察を続けず戻ってください」
『それ、留守番を了承したんじゃなくて、遠くから護衛しようとしてない?』
「必要な確認です」
アリタは平然としていた。
フィクスは思わず笑いかけ、すぐに口元だけに留めた。
「全部守るよ」
ようやくアリタも頷いた。
「アリタ、話は変わるけど。あれの準備は明後日の出発までに終わる?」
「問題ありません。材料は揃えたので、始めればすぐに終わります」
「ありがとう。荷物に入れておいてね」
「かしこまりました」




