027 コトナ(王家の所有管理地)
領主館を出てしばらくすると、道の両側から家々が減り、再び畑の中を進むようになった。
ただ、エルド山地を抜けたばかりの頃とは違う。道には荷を背負った人やロバの往来があり、ところどころで脇道が村へ分かれている。麦畑の向こうには葡萄やオリーブの植えられた斜面が見え、さらに進むにつれて、道は緩やかな高みへ向かい始めた。
領主館からおよそ八キロ。
その高台の上に、石積みの壁が見えてきた。
アカイア王宮の城壁とは比べるべくもない。高さは三メートルほどだろう。戦争になれば大軍を防げるものではないが、境界を示す、そして倉庫とそこに蓄えられた物資を盗賊や獣から守るには意味がある。
門が近づくと、その前に人が並んでいた。
領主館で受けたような儀礼的な出迎えではない。衣服も年齢もまちまちで、書記らしい者もいれば、倉を預かる者、護衛らしい男たちもいる。
その中央から、年配の男が進み出た。
「フィクスフィクス様。お待ちしておりました」
深く頭を下げる。
「コトナの管理を預かっております、メネステウスにございます」
メネステウスはフィクス赴任の後、名目上コトナの管理人から副管理人となる。
「フィクスです。これから世話になります」
「こちらこそ、フィクス様にお仕えできますこと、光栄にございます」
フィクスはメネステウスだけでなく、その後ろに並ぶ者たちにも目を向けた。
「皆さんも、よろしくお願いします」
何人かがわずかに顔を上げた。
王子がどのような人間なのか、向こうもこちらを見ている。
フィクスはそう思った。
門をくぐると、最初に中庭があり、その周囲に建物が配置されていた。管理棟、穀物倉、油や葡萄酒を収める庫、厩。外側にも作業場や家畜を置く場所があるらしい。
そして敷地の一角に、周囲とは明らかに様子の違う建物があった。
壁の表面がまだきれいだった。
屋根も古びておらず、柱や扉の木にも長く使われた跡がない。
メネステウスがそちらへ向かう。
「こちらがフィクス様のお住まいになります」
フィクスは建物に目を向ける。
「……新しいですね」
「はい」
メネステウスは頷いた。
「フィクス様のご赴任が決まりました後、王宮よりお話がございましたので、昨年から建てておりました」
フィクスはもう一度、館を見た。
「昨年から?」
「はい」
王宮から指示が届く。
木材を用意する者がいる。
石を運ぶ者がいる。
大工が集められる。
その者たちが働いている間の食べるもののこと、木材のこと、積石のこと、労働者の人数、労働には何を対価としたか、対価の出どころ、気がつくと興味にまかせて、質問攻めにしてしまった。
そして、自分以外が静かになっていた。
メネステウスの後ろにいた書記らしい男がこちらを見ている。
アリタは何も言わずに立っていたが、その表情には、ごく薄く笑みが浮かんでいる。
フィクスは自分が何をしているのか理解した。
まだ自分の部屋にも入っていない。
赴任の挨拶をして、門をくぐって、最初に始めたことが新居の建築についての質問だった。
「すみません。着いたばかりなのに」
「い、いえ」
メネステウスが答えた。
「フィクス様がお尋ねになるとは思っておりませんでしたので」
「自分のために建ててもらったものですから、知っておきたかったのです」
少し取り繕う。
「記録を今日でなくても構いません。落ち着いたら見せてください」
「承知いたしました」
「それと、建物だけじゃなくて、コトナ全体の記録もお願いします。ここに何人いて、どの村から何が入って、何をどこへ出しているのか。まず今までどおりのやり方を知りたい」
メネステウスの表情が、わずかに改まった。
「かしこまりました」
フィクスは頷き、それ以上は尋ねなかった。




