↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
22/99

022 エリミオン領 領都

 

 エルド山地を背後にしてから、道はゆるやかな起伏を繰り返しながら西へ延びていた。


 山中では谷底のわずかな平地を選ぶようにして畑が作られていたが、ここでは景色そのものが違う。麦畑が道の両側へ広がり、ところどころに葡萄畑やオリーブの木立が混じる。その間を低い石積みが区切り、遠くには羊の群れが白い点のように動いていた。


 昼を過ぎた頃、前方の低い丘を見ていたフィクスは、その頂に周囲とは明らかに違う建物があることに気づいた。


「あれか」


『たぶんね』


 ジェミニの返事を聞きながら、目を凝らす。


 アカイア王宮を見慣れた目には、最初、それほど大きなものには見えなかった。


 巨大な城壁がない。


 山の岩そのものを積み上げたような壁も、その間に穿たれた狭い城門も見当たらない。低い丘の上に、大きな建物のまとまりがある。その外側を壁が囲んではいるものの、王宮の城壁とは比べようもなかった。


「領都って聞いてたから、もう少し城塞みたいなものを想像してた」


『王宮を基準にしちゃ駄目だよ』


「そうみたいだな」


 フィクスは周囲へ視線を移した。


 むしろ目を引いたのは、丘の上より、その手前だった。


 進むにつれて人の姿が増えている。


 畑では何人もの男女が働き、道には籠を背負った者や、山羊を連れた子供がいる。荷を積んだロバとすれ違うことも多くなった。道から少し離れたところには数軒ずつ家がまとまり、その向こうにも別の家々が見える。


 山を下りた直後には点々としていたものが、少しずつ近づき始めていた。


「どこからが領都なんだろう」


『何をもって領都とするかによるね』


 ジェミニが答える。


『城壁をくぐったら都市、って場所じゃないから』


「それは見れば分かる」


 道沿いの家の脇で、男が木材を削っていた。その先では、屋根の下から何かを打つ音が聞こえる。さらに進むと、大きな甕を並べた建物があり、その前を荷を背負った男たちが行き来していた。


 畑が途切れて町になったのではない。


 畑の間に家が増え、家々の間に工房や物置らしい建物が混じり、気づけば人の暮らす場所の中を進んでいる。


「都市というより……」


 フィクスは言葉を探した。


「大きな屋形の周りに、人が集まっていったように見えるな」


『かなり近いと思う』


 アリタが丘の上を見た。


「領主館だけが独立しているのではなく、周囲の暮らしとつながっておりますね」


「うん」


 フィクスは頷いた。


 王宮は違った。


 あちらは城壁を境に内と外がはっきり分かれている。門を通った瞬間、王のいる場所へ入ったことが身体で分かる。


 ここには、その境目がない。


 あるのは丘へ向かうにつれて増えていく人と建物だった。


 道幅も広くなっていた。


 脇道がいくつも合流し、人や家畜が行き交う。そのうちの一本はかなり踏み固められている。


「港へ続いてる道も、このどれかかな」


『方角からすれば、もっと先で西へ延びる道があるはず』


「今日は行けそうにないな」


「まずアルケシラオス様へのご挨拶が先でございます」


 アリタが言う。


「分かってる」


 フィクスは苦笑した。


「そのためにコトナへ直接行かず、こっちへ来てるんだから」


 先触れはすでに出してある。


 王家のコトナの管理人として赴任する第八王子だけではない。今回は国王の名代として第二王子エウリュメドンまで同行している。領内へ入ったからといって、そのまま王家の土地へ向かうわけにはいかなかった。


『それにしても、マスター』


「何?」


『さっきから見られてるよ』


「気づいてる」


 フィクスは声を落とした。


 最初は農作業の手を止めて眺める者がいる程度だった。


 ところが領主館へ近づくにつれて、露骨になってきている。


 道端で立ち止まる者。


 家の入口から顔を出す者。


 子供を抱き上げて一行を見せている女までいる。


 無理もない。


 これだけの護衛と荷駄を伴った一行が来れば、嫌でも目立つ。しかも先触れが届いているなら、何者が来るのかもすでに広まっているのだろう。


 フィクスは背筋を少し伸ばした。


『お、王子様になった』


「最初から王子だ」


『さっきまで畑ばっかり見てた人が?』


「見るのは構わないだろ」


 口ではそう返しながら、フィクスはもう周囲をきょろきょろとは見なかった。


 見たいものはいくらでもある。


 だが今は、フィクス個人として見物に来ているわけではない。


 エリミオンの人々にとっては、これが第八王子を初めて見る機会になる。


 おそらく自分が彼らを見る以上に、彼らも自分を見ている。


 前方でエウリュメドンも姿勢を整えていた。


 兄の変化はもっと自然だった。さっきまで護衛と話していた男が、いつの間にか国王の名代としての顔になっている。


 フィクスはそれを見て、わずかに笑った。


『何?』


「いや。ああいうのは兄上のほうが上手いと思って」


『そりゃ経験が違うからね』


「見習うよ」


 丘が近づいてきた。


 麓にはもう農地より建物のほうが多い。家々の間を抜けると、丘へ上る道の先に領主館の外壁が見えた。


 巨大ではない。


 それでも近くまで来れば、地方の有力者の館として十分な威容があった。石を使った壁が丘の上を囲み、門の近くには見張りの姿もある。その内側には一棟では収まりきらない建物の屋根が重なって見えた。


『王宮とは違うね』


「うん」


 フィクスは短く答えた。


 比べて劣るとは思わなかった。


 役割が違うのだ。


 王宮は、まず敵を拒むように見える。


 こちらは周囲から人と物を集める場所に見えた。


 その違いをもう少し考えてみたかったが、前方の動きが目に入って思考が止まった。


 門前に人が集まっている。


「……ずいぶんいるな」


 思わず口から出た。


 数人や十数人という程度ではない。


 門の前から道の両側にかけて、大勢の人々が待っている。衣服からして館に仕える者ばかりでもなさそうだった。前のほうには身なりの整った者たちが並び、その後ろにも人垣が続いている。


『そりゃ来るでしょ。国王の名代と王子の赴任だよ』


「そうなんだけど」


 フィクスは小さく息を吐いた。


 エウリュメドンがこちらを振り返った。


 目が合う。


 兄は何も言わなかった。


 それだけで十分だった。


 フィクスは衣の乱れを確かめ、手綱を持ち直した。


 山道を越え、賊に襲われ、何日もかけてここまで来た。


 だが、エリミオンでの仕事はまだ何一つ始まっていない。


 門前に集まった人々の視線が、一行へ向き始めていた。


 フィクスはその中へ、エウリュメドンに続いて進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。