聖女(仮)様 旅立つ ~2
そのとき何故そんなことをしたのかラビオ自身にも今もってわからない。
しかし、彼はそうせずにはいられなかった。
友は去り、父に見捨てられ、恋人に裏切られた少女は傷ついた小鳥よりはかなげに見えた。
それが命を賭ける理由になったわけではない、けれど…
この哀れな姫がただの少女であることを確信し、ラビオはアンナローゼを胸に抱いた。
想像もしたことのない厚い肉の塊に包まれ、アンナローゼは弱々しくもがくがまるで動けない。
(クロード様とは別の生き物みたい)
「やめてください、あなた死んじゃうかも」
「ばーか、こんなことくらいで死なねえよ。あんな噂を信じるのか?」
「そうじゃないけど…」
「ほらな、なんともないじゃないか。せっかくだからチューさせろ」
「イヤです!」
アンナローゼはラビオの顎に手を掛け思いっきり突き上げた。
「なんだよ、そんなにイヤか?」
「初めては髭のない人がいいんですっ!」
「ひげぇ?」
ラビオがゲラゲラと笑う声が体を揺さぶられ伝わってきた。
その頃にはアンナローゼもラビオが本気でないことに気付いていた。
たぶん慰めたつもりなんだと。
「信じてくれてありがとう。ラビオってもっとおじさん臭いかと思ってました」
「うるせっ、俺はまだ20になったばかりだ。加齢臭なんかねえよ」
「馬車がひっくり返ったときも助けてくれましたね」
「死なれたら金にならねえからな」
(バカバカしい、こんな娘っ子に人を殺す力なんかあるわけねぇだろが)
「ねぇ、ラビオ」
「なんだ?」
「やっぱり私って、女性の魅力というものは…まるでないの?」
「まあなぁ、その『つるんぺたん』をどうしろとか言われてもなぁ」
「ひどい!」
「そんなのはあと何年かすりゃ何とかなんだろ。牛乳とチーズでも食っとけ」
「牛じゃないわよっ」
ぷぅっと膨れて、アンナローゼはラビオの足を思い切り踏んづけた。
「いってえな」
笑いながらラビオはアンナローゼを持ち上げると空へ放り上げた。
「俺がふるいつきたくなるような、いい女になってみろ!」
悲鳴を上げながら、アンナローゼも笑い出した。
恐ろしくはなかった。
眼下ではラビオが大きく手を広げ待っていたから。
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アンナローゼが去った後。
エルンハイム侯爵は机の上のベルを取った。
短く2回、3回目は長く鳴らす。
しかしその音は聞こえない。
「お呼びでしょうか」
不意に黒い影が現れて声を発した。
「ブラスト商会のバカ息子はもうほっておいていい。代わりに一つ仕事を頼む」
「なんなりと」
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