聖女(仮)様 旅立つ ~1
「痛たたっ!」
ドサリっと音をたてて、アンナローゼは庭の下草の上に降りた、というより落ちた。カーテンを繋いでロープを作り、それを使って窓から部屋を抜け出したのだ。
「よお、何してんだ?」
アンナローゼは飛び上がった。
すでに暗くなった庭の木の陰から声を掛けてきた者がいる。
「何故、あなたが?」
「やっぱりな、あんたは大人しく閉じ込めれてるようなタマじゃないと思ったんだよ。なんだか儲け話の匂いもするしな」
「失礼ねっ」
アンナローゼは木陰で笑っている大男、盗賊のラビオを睨みつけたが「きゅるるるる」っと腹の虫が鳴く音を聞かれてしまった。
「とりあえず、なんか食いにいくか?」
半時の後
ラビオの行きつけの料理屋の隅っこに座り、フードを目深にかぶったままアンナローゼはシチューをすすっていた。
「町場の食堂も美味しいものですね。何より熱々なのが素晴らしいわ」
貴族あるあるだが、館の中では調理室から運ばれてくるまでとても時間がかかり、熱いものも冷たいものも常温になってしまう。
「おまえ、これからどうする気だよ」
「どうって…そうだ、盗賊団で雇ってもらえません?」
「おめえに何ができるってんだ」
「3時のお茶を淹れるのとか、歌とダンスも褒められます」
「はぁ? なんだそりゃ」
「冗談です。じつは…」
そう言って笑ったアンナローゼの顔が急にこわばり、フードを深くかぶり直した。店の入り口から聞きなれた声が聞こえてくる。
「おやじさあん、彼女たちにエールをサービスしてあげて」
「あいよ、クロード坊ちゃん」
商売女だろうか、派手ななりの女たちを3人ほど引き連れて入ってきたクロードが店の2階席に陣取った。
もうすでに酔っぱらっているようで大きな声で笑いながら話している。
「侯爵家の婚約式すごかったわねえ、いいの? クロードはあのコのいいひとなんでしょ」
「いやいや、可愛い子だけどまだ子供だもの、それに万が一にも聖女様だったらとんでもないことになっちゃうよ」
「聖女様に手を出すと死んじゃうってほんとなの?」
「どうだろうねぇ、でも僕には確かめる度胸はないよ」
真っ赤な顔をして俯き、プルプルと震えているアンナローゼを見てラビオが囁いた。
「あいつ、黙らせてこようか?」
アンナローゼは小刻みに首を横に振った。
二人はクロードに知られないようにそっと店を出た。
「けっこう広まってるんですね、あの噂」
「都市伝説みたいなもんだろ、バカバカしい」
「触ると死んじゃうんですって、それってもう化け物じゃないですか」
月が上り始めた空を見上げ、アンナローゼは笑った。
ぽろぽろと涙をこぼしながら笑っていた。




