聖女(仮)様 捨てられる ~1
その頃、アンナローゼは、疾走する馬車の中で髭面の盗賊と向かい合っていた。
この盗賊は太い二の腕を誇示するように袖を引きちぎった服を着ているが、大声で脅すようなことはせず、見た目ほど粗野な男ではないようだと思えた。
何よりアンナローゼに危害を加える様子はないのでとりあえずはほっとしていた。
(こんなのが相手ではうちの衛兵たちではとても勝てそうにないわ。髭面だけど無駄に男前だし)
「名乗るのを許します、なんという名ですか?」
「はぁ? お嬢ちゃんは立場ってものがわかってないようだな」
「私はエルンハイム侯爵家の息女アンナローゼ、あなたはの名は?」
「あんたの名前なら知ってるよ、俺はラビオってんだ」
「ラビオリ?」
「勝手に食い物にしてんじゃねえ」
「それは失礼。で、私は何をすればいいのですか? クロード様の借金を私がお返しすればいいのでしょうか?」
「いんや、それよりもっといい手がある。あんたの御父上に払ってもらうってのはどうだ?」
「クロード様の借金を? そんなこと承知する訳ありません」
「あの坊ちゃんの借金を払わせる気はねえ、あんたを返す代わりにカネを払ってもらうのさ。その方がよほど高く払ってくれるだろ?」
(なるほど)
この盗賊の言うことには一理ある。
と妙に納得したアンナローゼはラビオに向かって手を差し出した。
「なんだ?」
「お父様に手紙を書きます。いくら欲しいのですか?」
「物わかりがいいじゃねえか」
「時間がありませんの。私の結婚相手が明日には来てしまうのです」
「知らねえよ、結婚式なら延期してもらえ。そもそもおまえさんが親に隠れて逢引きなんかしてるから」
「なんで、そんなことまで知ってるんですか!」
「そ、そりゃあ見りゃわかる」
もちろんクロードが逢引きの最中を襲わせたのだが、その種明かしはさすがに気の毒だと思って黙っていた。
(それにしてもこのお嬢様、クロードのためならいくらでも払いそうだし、親は侯爵で金持ちなんてとてつもなく大きなカモを引き当てたのに、やけに調子が狂うじゃねえか)
荒くれた盗賊に全く物おじしないアンナローゼにラビオは当惑していた。
馬車は街を外れ森の入口の山小屋に止まった。
部屋に入るとラビオがくしゃくしゃな紙とペンを渡してきたので、アンナローゼはスラスラとペンを走らせ、サインをして手紙を返す。
「これを、まずはメイドのマチルダに渡して。北の離れの1階にいるわ。事情を知ってる彼女から説明してもらわないと、お父様は簡単には信じないと思うの」
「お嬢ちゃん、なかなか賢いじゃねぇか。こういうときはお互い協力するってのが近道だ」
ラビオは手下の中でいちばんマシな身なりの若い男に手紙を持たせて侯爵家に使いに出した。
しかしその手下はすぐに戻ってきた。
「おいおい、お姫さんよお。全然話が違うじゃねえか」
「えっと、何がですの?」
「館はアンナローゼの婚約の儀とやらの支度で大忙しだ、あんたいったい誰なんだよ」




