聖女伝説~3
「てめえ、今『ずっと見守っていた』って言ったな」
「それが何か」
「じゃあ、こいつが散々危ない目に遭ってたのに、黙って見てたってのか」
「私どもはアンナローゼ様が『聖女の力』をお持ちかどうかを、見極めることしか仰せつかっておりません」
「その前に死んじまったらどうすんだよ」
「そこまで危なければ介入します。先程も癒しの歌で効果がなければ、私どもが焼き烏賊にして差し上げました」
(野蛮だわ、食べもしない烏賊を焼くなんて)
(黙ってろアンナ)
「間に合わなかったらどうすんだ? コイツの親父は聖女の力がなければ死んじまってもかまわないって思ってんのか?」
「勝手に家を出たのはアンナローゼ様です。そこは自己責任かと」
「まさかあの烏賊もおめえらの仕業か?」
魔導士の影は微かに揺れたが答えなかった。
「ラビオ、もういいわ」
「おめえは腹が立たねえのかよ」
「お父様はそういうお方。それにたくさんの兄弟がいます、跡継ぎには事欠きません。私には聖女の力くらいしか価値がないんです」
ラビオにもわかっていた。こんなところで実体もない影に詰め寄ったところで、アンナローゼを傷つけるだけだ。しかし、言わずにはいられなかった。
「では、港でおまちしており、ま、す」
影は形を保つことが難しくなったのか、ゆらゆらと揺れて消えて行った。
「アンナ、逃げろ。俺がなんとかする」
アンナローゼは首を振った。
「無理よ、港で待ち受けられたらどうすることもできない」
「おまえ、それでいいのかよ」
「うん、ありがとうラビオ。とっても楽しかったわ」
「まだたった十日だぞ。俺たちが出会ってから」
「そうね、今まで生きた中で最高の十日間だった」
「まだ世の中には面白れえことが山ほどあるんだよ!」
「ラビオ、もうやめて」
アンナローゼの顔はあふれる涙で覆われていた。
侯爵家から逃げ切るのは難しい。どこかで覚悟していたことだったのに、何故、感情を抑えきれなかったのか彼女にもわからなかった。
「どうして? どうしてこんなに苦しいの。たった十日なのに」
長さの問題ではない。
一瞬で魂を持っていかれる出会いがあるのだと知った。
しかしもう、二人に時は残されていない。




