愛しい人~3
マチルダは泣きたくなるのを堪えてその手を振りほどいた。
「ずいぶんと女性の扱いが上手になりましたのね」
「怒っているのかい?」
「だって…『ローエンダイムの高貴なる種馬』なんて恥ずかしい二つ名で呼ばれているのをご存じかしら?」
「あれはみんな政略結婚で押し付けられた妃たちだ。それにほとんどが僕の子じゃない」
「そんなことを許してらっしゃるの? なんてふしだらな」
「十二人の妃を全部相手しろって? 勘弁してくれよ。妻子たちの顔と名前を覚えるので精一杯だ。むろん明らかに僕の子とわかる者以外は、しかるべき家に養子に出すつもりだ。子供に罪はないから処罰はないよ」
(公爵家ともなると思ったよりドロドロなのね)
ようするに妃たちの実家の身分が高すぎて、追い出すこともできないのだ。
「僕は君を正妃として迎えようと思っているんだが」
「ご辞退します。ここへ来るまでの数日で何度も嫌がらせを受けてますの。正妃なんかになったら、どんな目に遭わされるか。それに…」
「それに?」
「アンナのこと…許してません」
「そうか…彼女には本当に申し訳ないことをした」
「申し訳ないって、何があったと言うの?」
公爵にとってそれは過去の傷。
若かった彼の非情な過ちだった。
「君の代わりに来たアンナを僕はどうしても受け入れられなかった。見た目がそっくりなので余計にだ。顔を見るのも辛くて公邸から遠く離れた別荘に住まわせていた。そして、ほどなく彼女は子供を産んだ」
「まさか」
「僕の子ではないが、僕はそのまま籍に入れた。二人目もだ。それは彼女なりの抗議だったかもしれないけれど、もしかすると本当に愛する人がいたのかもしれない。都合よくそう考えて、彼女に会うのは最小限の行事のときだけになっていった」
「そんなことって」
「そう、ひどい話だ。そしてあの大災厄、国中に蔓延した疫病で彼女は亡くなってしまった」
「知らなかったわ…」
「あの時は国中が大混乱だったから。疫病を鎮めたのはエルンハイムの聖女だと言われているね」
「ええ、最後にお役に立てました。その後すぐに私も命が尽きましたけど」
「もしかして僕のせいで、自暴自棄になっていたのかい?」
「そうですね、あなたがアンナと幸せに暮らしていると思うと、私には何の希望もありませんでしたもの。その時、修道院と侯爵家から女神の力で病を鎮められればとの話を聞いて、お力になろうと思いましたのよ」
「それは尊いことだけれど、これまで女神の力は津波や噴火など大きな災厄に使われたと聞いている。疫病を鎮めるためというのは、どうだろう?」
「確かに幾万人もの被害は出ていましたが、医者でも対処できたかもしれません。ただ、あれ以上広がっていたら貴族たちにも累が及んでいたので、彼らは焦っていたのでしょう。いま思い返すと、私は利用されたのですね」
「ありそうなことだな」
「理不尽ですけどそれも私が選んだことです。少なくとも感謝はしてもらえましたから。アンナの方がきっと…」
「アンナが亡くなる時、付き添ったのは医者と従者だけだった。子供たちの父親らしい者は現れなかったそうだよ」
「そんなに寂しい思いをさせてしまったなんて」
「僕が未熟だった。せめて形だけでも妃として迎えていれば、一人で死なせることはなかったろう」
苦しそうに話し終えた公爵を、マチルダはそっと抱きしめた。
「私も同じ罪人です。あの子の悲しみを何ひとつわかっていなかった」




