愛しい人~2
ローエンダイム公爵の花嫁行列は最終日を迎えた。
昨夜の騒ぎで寝不足だったが、マチルダは今日さえ乗り切れば公爵家に辿り着けると心は落ち着いていた。
(公爵様は私を覚えているかしら)
前世のアンナに腹を立ててはいたが、同時に公爵の薄情さにも腹を立てていた。公爵の数多い妃の中でもアンナは大きな館をあたえられ、かなり優遇されていたと聞いている。早々に子供をもうけたせいもあるが、マチルダにしてみれば公爵が手近なところで自分の身代わりを見つけたようにしか思えない。
外が騒がしくなり、伝令が走り抜ける声がした。
「伝令! 伝令! 臨時停車いたします」
何せ長い馬車の列なので、止まるときは先ぶれがやってくる。
(何事?)
マチルダが訝しく思っていると、馬が走ってくる音がして、やがて馬車のドアをコツコツと叩かれた。
「どなたですか?」
「失礼するよ」
名乗りもせずいきなりドアが開けられ、男が一人顔を覗かせた。
「!」
マチルダはその顔を見て、大きな口を開けてしまったがすぐに扇で隠した。
「ウィリー! いえ、公爵様」
少々傍若無人なのも道理。男は彼女の主人となる者、ウィリアム・ウィルヘルム・ローエンダイム公爵その人だった。公爵は子供のような笑顔で馬車に乗り込んできた。
「何故ここに」
「屋敷に入ってしまうとあちこちで盗み聞きされてしまうのでね、二人きりで話せるチャンスを狙っていたのだよ」
まだ笑顔のまま公爵は馬車を動かすように馭者に合図を送った。
「それで君の名前は?」
「アンナローゼ、エルンハイム侯爵の娘です」
そう言いながら、マチルダは探るように公爵の目を見つめていた。
「なるほど。幼いときに婚約の印に指輪を贈っているはずだが、持ってきてもらえたかな?」
「これでございますか?」
マチルダはアンナローゼから預かった指輪を見せた。
指輪は昨日と違い青く光っている。
「君は…マリアンナだね。アンナローゼじゃない」
「その名は捨てました。マチルダとお呼びください」
「それじゃあ、マチルダ。がっかりしなかったかい? 君に会えるとわかった日から一生懸命磨いてきたんだ。老けたねなんて言われたら悲しすぎる」
「とっても素敵なイケオジですわ」
「良かった、それだけが気がかりだったんだよ」
(確かに見た目はまだまだ王子様だわ)
マチルダは満足げに微笑んだ。彼を見た目で選んだ覚えはないが、元カレはかっこいい方がいいに決まっている。
「私の話を信じてくださいました?」
「さすがに黒猫のお使いには驚いたよ。『リインカーネーション』だっけ? 超自然の力が働いたのではと期待もしたけど、やはりそれはムシが良すぎる。それでさっきちょっと試したんだ」
「ええっと、何を試したのですか?」
「わざといきなりドアを開けてみたんだが、君は僕をウィリーと呼んだね。そう呼ぶのは世界に一人しかいない」
十五のとき、初めて恋をして、引き裂かれ。
その相手が二十年の時を超えて現れたのだ。
例えそれがどんないかがわしい魔法でも、拒むことなどできはしない。
公爵はマチルダの手を取り引き寄せた。
「お帰り、僕の初恋」




