愛しい人~1
ラビオとケインが部屋に飛び込んだとき見たものは。
同じ顔をした二人の少女が涙を流し向かい合っている姿。
跪き、その手に小さなナイフを握っているのはアンナローゼだ。マチルダはそのナイフの先を自分に向けて言い放った。
「さあ、私を刺して入れ替わりなさい。あなたの罪を思い出しなさい。あの時、私の心は死にました。あなたが幸せに酔っていたときに私は…私は…」
「ごめんなさい、本当に思い出せないの。でも、私が傷つけたのね。そんなに苦しめていたなんて」
アンナローゼはナイフを握り直して自分に向けた。
「やめろ、アンナ!」
ラビオが叫んだが、アンナローゼは構わずナイフを振り下ろした。
ザクリと音がして金の糸が花吹雪のように舞い散るのを、マチルダは目で追った。
「何を?」
エンジェルヘアと称えられた見事なプラチナブロンドが、ひと掴み切り取られ床に飛び散っている。
「マチルダ、許して」
「ばかな…ことを」
「あなたは憎いはずの私の傍にいてくれた。あなたがいなければ、あの冷たい侯爵家の生活はとても耐えられなかったわ。辛かったでしょう、こんなノンデリ女の友人でいるのは…もう、私はあなたの前には現れない。どうか今度こそ幸せになって」
「私はあなたを利用して公爵のところへ行こうとしただけよ」
「もっと早く言ってくれれば、喜んで譲ったのに」
「ただの入れ替わりでは侯爵様にバレちゃうわ。あなたが家出して背に腹は代えられず、私を替え玉にするように仕向けたのよ」
「まぁ、なんて策士なの。やっぱりマチルダは頭がいいわね」
「それにしても、どうすんのよ。こんなに散らかして」
二人はいつの間にか、かつての友人だった頃のように言葉を交わしていた。
マチルダはアンナローゼの手を取り立ち上がらせると、静かに言った。
「もう謝らなくていいわ。何が起きたのかさえわからないのに謝られても空しいだけ」
そして彼女を抱き寄せた。
立ち上がったアンナローゼはスカートのポケットからハンカチを取り出した。
「これを」
その中には赤い石のはまった指輪があった。
「子供の頃に公爵様からいただいたの。石には価値がないけど、なんだか大事なもののようだから持っていた方がいいと思うわ」
そう言ってハンカチに包むとマチルダの手に持たせた。
「そうね、何か意味がありそうだわ。公爵家の方がただのガラス玉を寄こすとは思えないし」
「これで思い残すことはなくなったわ」
「これからどうするの? あなたのお父様はカンカンよ」
「知らないわ、あの頑固親父なんて」
「あまり嫌わないであげて。あのバラ園はあなたが生まれたときに作らせたのよ」
「知らなかったわ…でも、今度こそ勘当されちゃうかもね。まずは何かお仕事ができるようにならなくちゃ」
「お仕事?」
「ええ、聖女とか貴族の娘なんていくらにもならないの。売れ残っていい恥かいたわ」
「やだ、聖女が市場で売ってるなんて聞いたことない」
二人の少女は顔を見合わせて微笑み合った。
ヒヤヒヤしながら見守っていた二人の男はほっと胸をなでおろす。
女の喧嘩にうっかり口を出すものではない、とくに男は。
幸いにも二人ともこの重要な格言を知っていた。




