二人の聖女~2
「アンナローゼ様、よろしいでしょうか?」
今日も花嫁の歓迎式典でくたくたのマチルダだったが、夜も更けて部屋を訪ねてきた声に応えた。
「ケイン? お入りなさい」
メイド姿のケインがもう一人メイドを連れている。その顔を見て驚きの声を上げる前に、彼女はマチルダに駆け寄ってきた。
「ああ、マチルダ。よかった! 無事だった!」
「お嬢様、これはいったい」
「ごめんなさいね、こんなことをするとあなたの立場が危ういかと思ったんだけど、どうしても会いたくて」
マチルダはケインを振り返って(どういうこと?)と眉をひそめた。
「私は失礼します。どうかお二人でお話しください」
そう言ってケインは部屋を出て行ってしまった。マチルダは目をうるうるさせ、今にも泣きそうなアンナローゼと取り残された。
(まったく、猫は気まぐれで困るわ)
「落ち着いてください、お嬢様。危ないのはあなたの方です。こんなことが侯爵様に知れたら」
マチルダはアンナローゼを椅子に座らせると、いつものようにお茶の支度を始めた。
「お父様は私を見限っているわ」
「そんなこと」
「いいの、それより私はどうしても確かめたいことがあったから」
「え?」
マチルダはアンナローゼにティーカップを渡すと、ベッド脇の小机に向かった。引き出しを開けると護身用のナイフが入っている。
「それはなんでございましょう」
マチルダはナイフを手に取るとゆっくりと振り返った。ナイフを後ろ手に隠したまま。
「ねぇ、マチルダ、あなたはいま幸せ?」
「はい?」
「私ね、家出してきちゃったの。そして今まで自分がなんにも知らなかったってわかったのよ」
「世間は広うございますからね」
「毎日、いろんなことが起きるの。楽しくて仕方ないわ。でも、それがあなたの犠牲のおかげだなんて、許されることではないでしょう」
「犠牲になったと、私が?」
「だって、元はと言えば私のワガママだし、あなたが辛い思いをしているなら、私は今からでも」
「今からでも…」
マチルダは微笑んだが、その瞳は冷ややかにアンナローゼを見つめていた。
「私と入れ替わる? あんなに籠の鳥は嫌だとおっしゃってたじゃないですか。年上のオジサンと余生を過ごすなんて退屈でつまらないって」
「ごめんなさい、今はあなたの旦那様なのにひどいわよね。あの時の私は恋さえ知らない子供で、かりそめでも恋をしたいと焦っていたの。どうせ政略結婚で愛情のない家庭で暮らすなら、せめて最後にって」
「あの時の私…では今は…お好きな方がいらっしゃるの?」
「わからないわ。でも、彼のことを思うと心が温かくなるの。口が悪くて乱暴で、イケメンでもなんでもないのに、一緒にいるとほっとする」
突然、マチルダは顔をのけぞらして大声で笑いだした。
「マチルダ?」
「それを恋というのですよ、お嬢様。いけませんねぇ、例え”候補”でも聖女が恋だなんて」
「どうしたの…そんな怖い顔をして」
「ああ、イライラする! どうしてあなたは何も覚えていないの? 私がこんなに苦しんだというのに」
「覚えていないって、もしかしてそれは前世の何かと関係あるの?」
「そうよ! 私は前世で聖女として生きなくてはならなかった、愛する人を諦めて」
マチルダの豹変にアンナローゼは呆然と彼女を見つめていた。
「その人を奪ったのがあなたなのよ、アンナローゼ!」
憎しみを込めた眼差しが突き刺さる。アンナローゼの頬に涙が伝わった。




