ローエンダイム行 ~1
ローエンダイム公爵家の花嫁を乗せた壮麗な馬車の列は、街道をゆっくりと進んでいた。普通なら3日ほどですむ行程を倍の6日かけるのだという。
しかも、途中で宿泊した街々では派手な歓迎式が催され、その度に着飾って街の有力者の挨拶を受けるという、ほとんど意味のない行事が繰り返されるのだ。
いかにも仰々しく芝居がかったこの行脚に、主役の花嫁であるマチルダはうんざりしていた。
(早く公爵様にお会いしたいのに)
2日目の夜も豪奢な食事会と舞踏会に招かれ、ほとほと疲れたマチルダは、夜になってやっと寝室のベッドに倒れ込むことができた。
「アンナローゼ様、失礼します」
就寝の手伝いのためにメイドが一人現れた。
しかし、その顔は。
「ケイン、何かあったの?」
ほっそりした体つきにメイド服が似合うけれど、その顔は少年。ブラスト商会の従者だったケインだ。
「あのお方が」
「お嬢様が?」
「お館を抜け出しました」
「ま!」
マチルダはベッドに腰を掛け、小声で話すケインの話を聞いた。
「そう、こちらへ向かっているのね。私と入れ替わるつもりかしら。急に公爵様を私に取られるのが惜しくなったとか? あんなに悪口ばかり言ってたくせに?」
「それはわかりませんが、どういたしましょうか?」
「阻止して。公爵様のお目見えは7日後だから、それを過ぎたらあの娘にはどうともできない。それまででいいわ」
マチルダは立ち上がり、イライラとした足取りで部屋の中を歩き始めた。
「せっかくここまで漕ぎつけたって言うのに、なんでいまさら邪魔をしようとするのかしら。人を悪役令嬢みたいに」
「失礼な話ですよね!」
「前世であの娘が私にした仕打ちを忘れるものですか」
「あの方は本当に何も覚えていらっしゃらないのでしょうか?」
「あれが芝居とは思えないもの。覚えているのはおまえと私だけでしょう」
「いい気なもんです。私はマチルダ様の味方ですよ」
「ありがとう。猫は3日で恩を忘れるって言うけど、おまえはいい子ね、ケイン」
「マチルダ様に拾っていただかなければ野垂れ死にしてましたから。御恩は忘れませんにゃ」
「ケイン、気を付けてね。あの盗賊が一緒なのでしょう?」
「はい、マチルダ様もお気をつけて」
メイドの姿だったケインがするすると姿を変え、一匹の黒猫になった。
そして「にゃ」っと啼くと、窓から闇の中へと飛び降りて行った。




