第2章10話 覚醒
残酷な描写が含まれます。苦手な方はご遠慮下さい。
この物語はフィクションです。実在の人物、法人等は一切関係はございません。
第2章 10話 覚醒
山の斜面に黒い大理石で入り口を囲まれたその祠は、牙が始めて訪れた時の、ままだった。黒豹であった時の黒嶺に案内されるまま入った祠の中、通路にあった闇によって作られたような漆黒の霧は跡形もなく姿を消していた。
賢治と美和が、始めから最後まで牙の案内だと面白くないと言って、祠の中に入っていった為、牙一人祠の入り口にとり残されていた。祠の中がダンジョン扱いなのかPTチャットに設定されているのだが、祠の中に二人の姿が消えてから、彼らの声が全く伝わらない。
(危険な所は無いんだから…大丈夫)と思う気持ちが、二人の声が聞こえなくなった事での不安を牙の心から消し去っていた。
松独特の木の香が牙の鼻に心地よく感じられていた。高くそびえる松の木に挟まれ細く下に向かう林道が、神社の境内に続く参道を牙に思わせるのだった。
「こっちから見る景色は始めてですね」
何気なく牙が発したその言葉が、雅に対するものなのか、独り言なのか、雅は返す言葉に一瞬迷いを覚える。
「あ…ええ」
今さっきまで、母の事を思い出し家族の事について考えをめぐらしていた牙が、あまりにも唐突に景色の話を始めたことに雅が困惑して出した言葉。
「お母様のこと…」
「あ、はい?」
「もう、お許しになっているのですね…」
「ええ…まあ…何でも、おみとうしなんですね、雅さんには…」
「わたくしは、あなたの中にいますから…」
雅のその声はどこまでも優しく牙の心に響いてくる。
仮想現実とはいえ体を共有する一体感のようなものが、牙と雅の間に生まれていた。日を追うごとにどんどん深くなっていっているように感じられていたからだった。牙は始めこそ違和感を感じていたが、二人一緒に居る時間が長くなれば成るほど、その違和感は消え、人工知能とは全く違う人格のとして、雅を認めていた。
「牙さんが、お母様に御連絡をしないのは、あの方に対する御気使いなのですね……」
「始めはそんな風に思ってなんかいなかったんです…親父とお袋が上手くいっていないのは知っていたし…突然死んだって言われて混乱して、俺の心の整理がつく前にそんな話になって、でも…お袋には幸せになって欲しいって思う気持ちはあって…」
牙は当時のことを頭の中で整理しながら雅にではなく、自分自身が確認するように、話していく。
「気持ちの整理がつかなかったから、結婚式にも出なかったし、同居もしませんでした…俺が一緒に行ったら、向こうの家族まで壊してしまいそうで…怖くって」
「彼女は長年、母親の暖かさを知らないで過ごしてました。母と彼女の父が再婚することを本当に喜んで、再婚して三ヶ月くらいで彼女は変わったんです。前はもっと刺があるっていうか、いつも張り詰めているっていうか、そんなかんじの彼女が穏やかな表情を見せる位変わって…周りが驚くくらい」
「今は、俺よりも彼女の方が母を必要としてるって、そんな風に思ったから…かもしれません」
「それと、お母様に連絡しないのは、どこか違う気がします」
「その通りなんですけどね…」牙は白く長い髪をかきむしるようにしながら、天をみあげる。
「なんだか、今更、恥ずかしくって…」
「わかりますが…言葉に出さなければ、伝わらない事のほうが多いと思います。 だから、わたくしも言葉にして…」雅の思いがひしひしと牙の中に流れ込んでくる。多分全てお見通しなのだろうと思いながら、牙は心地いいものとしてそれをとらえていた。
「縁あって、こうして一緒にいるのですから…わたくしは少しでもいいからあなたの支えとなりたいのです、わたくしの名前のごとく淡い月夜の光でも、あなたの心を照らす光でありたいと……」
「ありがとう雅さん……家族のこと、少しがんばってみます」
「はい」少し弾んだような雅の声が、牙の頭の中で響く。
牙の体を覆うような光が現れて、何かが体の中から抜けていくような感触が全身を走る。
「えっ?」
牙にとってはいきなり目の前が全て光で満たされて何も見えない状態となり、驚きの声を上げる。
牙を包んだ光は牙の目の前に集まり人の形を作り、牙と同じ白いコートに身を包んだ黒髪に黒い瞳、透き通るような白い肌をした精霊族の少女か現れる。
「はい?」何が起こったのかわからず、ぽかんと口を開く牙がいる。
ネズミというよりは狸を思わせるような可愛らしい笑顔をした雅の姿がそこにあった。
「はにゃ?」首をかしげる雅がいる。
”ポーン”いつもの音が聞こえる「闇の精霊が自らの封印を解き放ち光と闇の精霊に成りました! 新たなる冒険のエリアが開放されます!」
「だそうです…」きょとんとした雅。自身も何が起こっているのか把握していないといった雰囲気がかもしだされている。
「はい? はい」未だ何が起きているか判らないといった牙は、雅の姿を見つめていた。
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同時刻 フェニックスゲームズ本社 「レジェンド」運営事業部 開発室
外壁が全面ガラス張りになった40坪程のオフィスはパーテーションが組まれ一人一坪程のスペースが与えられている。30個の独立した個人スペースと窓際に管理者のデスクが3つ並んでいた。
それぞれが自分の任された仕事を自分のペースで行えるよう、フレックスタイムが採用されていたが、『レジェンド』立ち上げのこの時期は、夜勤以外の誰もが朝の規定時間に出勤し、一日に働ける規定時間ぎりぎりまで作業が行われていた。
V・R を使って黙々とこなされる作業は、人々の呼吸以外の音が聞こえてこないのではないかと思うほどの静けさがオフィスをただよっている。
「やられたあああああああああああああああああ!」一つのブースから大声が上がり、
何事かと他のブースで作業するものが立ち上がる。
「闇の精霊があああああああああああああああああ!」の言葉に全員がゲームの進行状況の確認を行う。
「まじっすかあああああああ!」「かんべんしてくれよ~~~~!」「なんでじゃああああああ!」「はやすぎるってえええええええ!」など阿鼻叫喚ともいえる声があちこちで上がる。
「親密度の設定はこちらでやってることです! キーワードの設定も! プレイヤーの責任じゃあありませんからね~~~!」立ち上がった開発室室長の高橋が通る声でスタッフ全員に聞こえるような声をあげる。
「はーい、皆さん会議室に集合おねがいしま~~~す! 今後の作業スケジュールについてミーティングお願いします! 私は道上さんの所に応援のお願いを交渉しに行ってきます。 副長中心にお願いします」
言われるままに併設された会議室に向かうスタッフの後ろ姿に重くのしかかる重圧のような空気を感じる高橋がいた。
「さて! 鬼に会いに行きますか!」自身に気合を入れるように言った言葉が口に出る。
「鬼? ですか? 確かに!」横のデスクから立ち上がって会議室に向かおうとしていた副長が笑い出していた。
「道上さんには、言わないように」お願いというように目の前で手を合わせる高橋。
「言える訳ないじゃないですか! 鬼ですよ! あの人は!」大丈夫ですというようなジェスチャーを交えて副長が会議室へと消えていく。
「出陣!」気合を入れなおした高橋が道上のオフィスへと歩みを進める。
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道上のオフィスのドアをノックする音がした。
「開発室高橋です!」
「はいって!」の声に高橋はドアを開け道上のデスクの前まで歩み寄る。
「失礼します」そお言って高橋は90度に近い角度まで礼をする。
「ちょうどよかった!」
「はあ?」
「夏休み企画で、V・R の新設定と新しいフィールドのベーターテストを兼ねて、高レベルプレイヤーと精霊と契約したプレイヤーを5000名限定で招いてのテスト企画が提案された件で、5000名のプレイヤーのピックアップを頼もうと思ってたんだ!」
「え! もう決定って事ですか?」
「そお、決定! スポンサーがらみだから、断れないでしょう! 運営部長も」
「は~~~~~」高橋が吐き出した大きなため息は焦燥感にも似た絶望を道上に感じさせる。
「何かあったか?」
覗き込むような視線を高橋に向けながら、高橋の抱える仕事量を思い浮かべて、道上は押し付け過ぎているという気分になっていた。
「また闇の精霊がらみなんですが…闇の精霊が、思ったより早く覚醒してしまって……新フィールドの開発が間に合わなくなってしまいそうなんですが……」
道上は昼に二人と会った時のことを思い出していく。「え、あ、なかよかったからね~~~、あいつら、そういえば」
「知ってるんですか?」高橋は少し驚いた顔をする。
「プレイヤーの名前変わった件で、知り合いだから、昼に会ってきたんだけど…そっちの件は、プログラムに進入したけいさきが無いから今回のみ責任不問って事にした。ほら、色々試すのに、ある程度は特別なプレイヤー持ってるでしょうお互いに…俺の場合だと日本刀の鍛治とか、V・R 開発の東条とか、牙も夜中にしかINしてなくて、今狼族と言うより、レジェンド最速じゃないのか? 『走る』がLv25のプレイヤー!」
「無茶苦茶だ……どおやったら、この短期間でそこまで上がるんですか?」
「牙君は方向音痴だから、狼村に行く道に迷って走りまくったらしい」
「普通に走るので、通常秒速7、5メートルに設定しています」高橋は胸ポケットから携帯意端末を取り出し電卓モードにし、計算を始める。「レベルが上がるたびに毎秒10センチプラスになりますからLv25になっただけで100メートル10秒台、ダッシュすると、8秒台、加速スキルを使うと6秒台になります! すでにオリンピック選手以上の化け物です! 狼形態だとそれだけで1,5倍になるので、時速54キロ。加速を使ったとして最大81キロ…チーター並みっすね」自分たちが設定したのだが思わず苦笑してしまう高橋だった。
「まあ、もっと速さが出るMMO あるし! そこらへんは、気にしなくてもいいと思うけど、現状50までだっけ? 開放してるフィールド?」
「今日ので、60まで開放されました。あと残り6つの精霊が3つづつ契約されるたびに開放され、9つの属性精霊、全てが契約されることでもう一つ…」
「おまえらとしちゃあ、闇の精霊が最後に発見されて、光の精霊をプレイヤーが血眼になって探しました、実は光の精霊は闇の精霊が覚醒することで光と闇の精霊でしたっていうサプライズだったんだろ? 他の関連部署にも言わないで?」
「ええ、まあ、その通りです…身内をあざむいてこそですから…ある意味」
話しながらも高橋の顔が微妙に引きつっているのが、道上に見て取れる。
「まあそれはいいや! ある意味面白い! 本当の闇は存在しないってことを言いたかったんだろうから、それでいいと思う。でだ、でもそれが一般的なプレイヤーじゃないお客様には通用しなかった! からめ手が一つと、たまには正攻法で行くのもいいんじゃねーか?!」言いながらこっちに来いと言うような道上のしぐさに、デスクを回り込んで秘策を授かりに行く高橋がいた。
この3時間後、ゴールデンウィークの最終日に「レジェンド」ウェルカムパーティーを行い、メインは「レジェンド音楽祭」を行うという、イベント告知がされるのだった。
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妖精との契約を済ました賢治と美和の二人それに着いて行った黒嶺が祠の入り口から現れる。その前に立つ同じコートを着る一組の男女、二人は状況もわからず見つめ合った牙と雅だった。黒嶺が雅の姿とわかって走り出す。
賢治と美和は雅の本当の姿を知らない。
「えっ、なに?」と困惑する美和。
「牙君どこでナンパした少女なのかな? っておまええええええええええ! ろりこんだったのかああああああああああ!」
「えっ、何?」賢治の罵倒する言葉に牙が振り向く。
「何じゃねええええええええ! こんなところで、絶世の美少女が何故おまえとむかいあうのだああああああああ!」
「あ、雅です! この姿では始めましてになります」雅やかと言うのはこの事かと感させるような優雅なお辞儀をするのだった。
「はい?」美和の目が点になる。
「はあああああああ! 雅さまああああああああああ? ですか? わたくし、この牙君とは、古くからの友人をさせていただいております、賢治と申すもの、以後お見知りおきを」と言いながら、どけと言わんばかりに、牙から雅の正面の位置を奪い取り膝まづき、雅の手をとってその手の甲に唇を近づける賢治だった。
(何と言う変わりよう!)呆れ顔の牙、美和の殺気が後ろからビリビリと伝わってくるのを感じて少し後ろに下がる。
「宜しくお願いいたします」困惑した表情が雅の顔をこわばらせるのだ。
「バカ賢治いいいいいいいいいいい!」
鈍い音がして、そっと握られていた賢治の手の感触が消え、雅の前から賢治の姿が消えうせた。
どこかで何かが落下して、つぶれる音が響いた。
「ごめんね~~~雅ちゃん! バカばっかりで! 宜しくお願いしますなのです!」
(AIといえども、強敵あらわる?! AIだからそれはないっか…)少し引きつった笑顔で美和は雅の手を握る。(うっわ! 壊れ物注意って言うくらいか細い指、いいな~~)と美和が両手でその手を包み込む。
「美和さん、こちらこそ宜しくお願いいたします」
「これからもよろしくね!」牙が雅の前に手を出そうとする手か美和にはじかれる。
「君もまた飛びますか?」
「いえ、結構です!」牙は出した手を後ろに引っ込める。
「ミャ~~~!」と鳴きながらコートと同じ色のブーツにじゃれる黒嶺を雅が抱き上げると、雅の顔を舐め始めた。
そんな姿を見つめながら牙は癒されている自分を感じ、そこに美和のひじがわき腹に炸裂する。
「うへっ!」牙が倒れこむ。
「とりあえず、新フィールドは後回しにしてでも、精霊さん探しする方向でいきましょうか!」
「へい! 美和親分!」HP回復丸薬で回復させながら、美和たちがいる方に戻ろうとする賢治だった。
「その方向で」倒れたままの牙が苦しげに言う。
「じゃあまた、走って行きますか!」美和が走り出していく姿を三人があわてて追いかけていく。
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