ハイエルフの少女
たくさんの血を吸い取った呪われし大地。
そこは土地が汚染され、作物が育ちにくくなると言われている。
だからこそ亡国の地では、まともに作物が育たず土地としての価値は皆無だと言われていた。
そんな過酷な地で食料を得るための方法。
それは――。
「いやぁ、今日も中々の豊作だな。魔法のおかげで栽培から収穫まで全自動でやってくれるから楽で良いな」
食料問題も魔法で解決することだった。
壊れた家屋から作物のタネを手に入れ、魔法で水を出し、人工の太陽を作り、最適な温度で勝手に育つようにする。
もちろん余計な物が入らないように空間も隔絶してある。
魔法である以上、一応魔力を消費してはいるのだが、この世界に転生してからひたすら魔法の研究をしてきたおかげで、魔力も際限なく増えている。
おかげで多少無駄遣いをしたところで、魔力がなくならないので好きに研究が出来て助かっている。
魔力を消費した量で、増加する魔力量も変化するために、なるべく魔力は消費しておきたいので、全自動で動く畑は魔力を無駄遣いするという点で助かっている。
最初は実験もかねて小さめの畑だったが、無事に野菜が作れたので、徐々に畑を大きくしていき、種類も増やしていった。
その結果、食べきれないほどの作物を作ることに成功していたのだ。
自動収穫で取れた野菜をしまっているゴーレムを眺めていると、いつの間にか少女が現れる。
いや、屋敷周囲に張り巡らしている探知魔法で気づいていたが、知り合いだったので特に気にしていなかった。
「ししょー、今日もお野菜もらってもいい?」
小柄な体付きの銀色の長い髪をした可愛らしい顔の少女。
ただその耳は長く尖っていた。
それが彼女がエルフである証だった。
しかも、話を聞くとただのエルフではなく、ハイエルフだと言うのだ。
ハイエルフと聞くだけでテンションが上がってしまうのは、転生者の性だろう。
ただ、どう見ても同じくらいの歳にしか見えない彼女だが、実は俺の十倍以上長生きしているのだ。
ハイエルフからしたらまだまだ子供らしいが、俺からしたらおばあちゃんにも等しい人だ。
そんな人から師匠呼ばわりされても困るだけだった。
「――好きに持って行っていいですよ。ただ、俺は師匠ではありませんからね」
「恩に着る、ししょー」
どうやら師匠呼びはやめてくれないようだった。
そもそもこのハイエルフの少女と出会ったのは、ミーナに魔法を教えてからしばらくしてのことだった。
◇ ◇ ◇
初めてミーナと出会ってから数日後。
相変わらず俺は魔法の研究をするため小屋にこもっていた。
好きな事を好きなだけやれる環境、と考えると亡国の王子というのは俺にとって最高の転生先だったといえるかもしれない。
もちろん命を狙われなかったら、だけど。
今までこの地にくる人はいた。
ただ、ミーナのように魔法を教わって帰っていく人は稀で、主にこの亡国の地を支配しようと目論む人たちだった。
人に支配されては俺の自由気ままな魔法ライフが壊れてしまう。
下手をしたら体と首が飛んでしまいかねない。
何しろ今は亡き国の王子なんて支配する上で邪魔でしかないだろうから。
だからこそちょっと魔法を使い、やってくる人たちを脅して丁重にお帰り願ったのだ。
山を消したり、地面を消したり、逆に山を作ったり、常に雷を降らせてみたり、……あっ、流星軍と称して火の玉を降らせたりもしたな。
そんなちょっとした子供のイタズラのせいで、見事にここは謎の魔法現象が起きる魔の地と言われるようになっていたのだが――。
最近はミーナ以外に人が来なかったのだが、今日は珍しく小屋を取り囲んで設置している察知魔法に人が引っかかる。
弱々しい魔力。
怪我か病気かで瀕死の状況なのだろう。
本来ならば魔法とは関係ないと無視を決め込むか、この小屋がわからないように幻惑の魔法を使うか、突風で吹き飛ばすのだが、今回はその対象のことが気になり、慌てて俺は飛び出していた。
すると、小屋の前に倒れていたのは小柄な少女だった。
俺と同じくらいの歳の少女。ただ何よりも特徴的なのはその少女の耳だった。
「ま、まさか、エルフ……か?」
ファンタジーでは有名な種族だが、直接見るのは初めてだった。
「だ、誰か……、助け……」
今にも消えかかっている助けを呼ぶ声。
それと同時に周囲を漂う魔力がザワつく。
――ま、まさか声一つで魔力を操れるのか?
思えば詠唱で魔法を唱える際も言霊に魔力を乗せて発動していると言われている。
エルフとは何気ない仕草一つで、それを可能としているのかもしれない。
「……知りたいな。色々と話を聞けないかな?」
面倒くささより好奇心が勝る。
その結果、俺は少女に回復魔法を掛けていたのだった。
一瞬のうちに少女は治療される。
ただ、少しだけ疑問も浮かんでいた。
――まるで呪いみたいだな。簡単に治ってしまったけど。
ただ体が弱ってしまっているようで、病気が治っても少女はすぐに目覚めなかった。
こればかりは仕方ないだろう。
俺は彼女をベッドに寝かせると魔法で新しい部屋を作り出していた。
研究所として狭くなってきたので、増築は考えていたのだが寝る部屋がなくなったことで決意をした形だ。
いくつも部屋を付け足した小屋はもはや屋敷と言えるサイズになっていた。
それから、少女が目覚めるまで呪いのようなものを作り出し、治す方法を調べていた。
呪いは闇魔法の系統で跳ね返されると術者にもダメージが飛ぶ諸刃の魔法。
その分、通常の魔法より強力になりやすいため、治療するにもワンランク上の魔法が必要になるようだ。
――それにしては弱かったよな。あの呪い。
呪いを調べるついでに魔法薬も作り上げる。
こんな年端もいかない少女だけをターゲットにした魔法とは考えにくい。
おそらくはもっと大きい括りで呪いを使ったのだろうと予想したからだ。
本来ならそこまでする必要はないのだが、俺には目的があった。
少女にこの薬と引き換えにエルフの魔法や魔力について、色々と話を聞かせてもらうつもりだったのだ。
希少なエルフだ。
ちょっと話ができるだけでもおつりがくる。
――いや、足りないか。魔法の研究の対価がこんな安っぽい薬程度で済むはずがない。魔法への冒涜になる。
そこから俺は少女に渡すための色々な魔法具を作り上げ、更には作り上げた農作物も用意、更には荷物が多くなりすぎたことで、収納鞄も作り上げたのだ。
全てはエルフという種族を調べ、魔法への研鑽を重ねるために。
◇ ◇ ◇
次の日、少女は目覚めていた。
その気配を察知していたが、少女への魔法具を作っていた俺はついつい熱が入り、色んな魔法具を作るのに必死になっていた。
少女はまず自分の胸に手を当て、そして、俺を見ていた。
「――あなたが治してくれたの?」
少女は話せるほど元気になったようだ。
それならここからが交渉タイム。
俺はなるべく少女に好印象を持たれるように笑顔で答える。
「そんなことより、キミが欲しい」
本当なら魔力を調べさせてほしいと言うつもりだった。
しかもエルフの魔法について教えて欲しいということも抜けていた。
長年、人と喋らずに黙々と研究していた弊害だろう。
ミーナに対しても色々と失言していたかもしれない。
言ったあとに気付いた俺は顔が熱くなるのを感じた。
「い、今のは違くて、その……」
ただ、少女は俺の言葉を気にしていない様子で、ジッと机に置かれた薬を見ていた。
「その薬って……」
「えっと、キミの呪いを治せる薬です、まだ直接人には使ってないんですけど」
それを聞いた少女は大きく目を見開いていた。
「治せる? この病気を? 嘘……」
「本当ですよ。ちゃんとキミを治した回復薬を付与していますので、効果があるはずです」
それを聞いた少女は目から涙を流していた。
そして、すぐに俺へと詰め寄ってくる。
「この薬を譲ってほしい。私にできることなら何でもする」
「えっ? いいのですか?」
「……ふぇっ?」
まさかこんなに簡単に承諾を得られると思っていなかった。
俺はにっこりと微笑んで少女に薬の入った収納鞄を渡していた。
◇ ◇ ◇
少女はまず里のみんなを治したいと行って帰ってしまった。
「研究素材……」
少し残念に思いながらも、また戻ってくると言っていた少女を信じることにした。
彼女のおかげで魔法具作りも楽しいと知ることができたし、色々と作りたいもんね。
それから数日が過ぎた。
すっかりエルフのことが頭から抜け落ちていた俺は今日も魔法具で色々と作っていた。
まずは半自動化していた農作業を全自動化することに成功していた。
よくよく考えるとゴーレムと同じ要領で常に最適な環境作りができるようにすればいいだけなのだ。
他にも色々と作って楽しんでいた。
そんなとき、覚えのある気配が近づいてくる。
「――帰ってきた」
「……お待ちしていましたよ」
すっかり彼女との約束を忘れていた俺は目が泳いでしまう。
「里のみんなも感謝していた。その、これはお礼。足りないだろうが」
少女は金銀や宝石といったものを取り出していた。
ただ、俺は首を横に振って断る。
「いりませんよ」
「えっ?」
「俺が欲しいものは一つです」
「それってやっぱり私を……。お母様の許可は頂きましたが――」
「エルフの魔法とか魔力について聞かせてくれませんか!?」
「……えっ?」
目を輝かせて少女に詰め寄ると彼女は訳がわからず思わず声を漏らしていた。
これが俺と彼女の出会いだった――。




