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9・坊ちゃんの怒り◇

この家の坊っちゃんは一人っ子で、恐らくパパっ子である。

そんな彼がある日、彼以外が出払った家から私を連れ出し、庭へ出た。


檻時代からで考えるとだいぶ大きくなった体を抱き上げるのは子供には大変だろうに、坊っちゃんは慎重に、確実に私を水槽から引きずり出した。結構強く腕を回すので、ちょっと中身が出そうになった。

普段遠巻きにするだけだったのに、どんな心境の変化があったのか?

微妙に嫌がっているような、おっかなびっくりしながら運ぶ様子だったので、なるべく邪魔しないように大人しく運ばれておく。私は賢い良い幼虫なので!


向かった先はおそらく庭の土香る地面の上。庭はなかなかに綺麗に保たれている。ここに来てから結構経つのに、そういえば家の外には初めて出たな。


坊ちゃんは見通しの良い場所に私を下ろすと、距離を取りこちらを伺う様子であった。なんだろう? おやつとかこっそりくれようとしてたりはしませんか? 生物以外であるならば、おやつも歓迎なんですけれども。

……そう思ったけど、彼からは子供なりの、幼くも全力の殺気を感じた。

私を睨みつけながら、おもむろに石を掴んで拳を振り上げた。

よもや直接それで殴る気か!? それとも投石か? 私に戦いの修行でもさせる気……は、ないよな。 

どうみても餌をくれる様子ではない。


いつも遠巻きに見ているなとは思っていたが、前に喉が詰まった時はご主人を呼びに行ってくれたし、まさか傷つけたいほど嫌われているとは思わなかった。


私は軟弱者だから、いつも飼い主が甲斐甲斐しく私のお世話をしてくれる。この子はいつもどう見てもパパっ子で、パパにベタベタだったので……まあ、取られたような気持ちなのかもしれない。ボクだけのパパだったのに! 的な……。


しかし私は君の父が大事にしている商売道具だよ?

傷つけたら飼い主であるご主人(父)が悲しむよ? だから傷はつけないでくれ! 体を鍛えてパパの手を煩わすなと言うなら……まあ、努力することはやぶさかでは……善処するからさ、多分。

焦って可愛さや儚さを前面にアピールしてみた私に向かって、無常にも子供は石を…………家の壁へと放おった。

石は壁にぶつかりどこかへ飛んでいく。すんでのところで我慢したらしい。

偉いぞ少年。賢いぞ少年! そうだぞ君はあの優しいご主人の息子。私は有用なんだからな!

私は少年にコミュニケーションを取ろうと試みる。


少年はびくりと体を縮こまらせた。あまり刺激すると、今度は本当に攻撃されるかもしれない。

体を少し持ち上げ、ゆら……ゆら……と、可愛気あるリズムで陽気さをアピールする。なんなら最近密かに夜中練習している、言語のモノマネだってしちゃうぞ。

自分でもびっくりするほど、ここの言葉とは似ても似つかないただの音を出しながら揺れるでかい幼虫の化物。

少年は困惑し、恐怖しているようだった。

そりゃ怖いだろうな。私だったらとっくに叫んで逃げ出してるよ。


ボディランゲージは早々に諦めた私は、最近すっかり得意になった糸をペッと口から吐き出して、少年と私の間にうっすらとした壁を作った。

いっそこのまま繭でも作ってしまおうか? 今なら出来る気がする。


自分の周りにうっすらとした繭を作り始めた私を見た少年は、慌てた。

己が刺激してモンスターが知らない変化を起こしたなんて知られたら、怒られるのかもしれない。

坊っちゃんは慌てて膜になりかけた糸を剥ぎ取り、私を抱えて家に戻った。

もう完全に私を害す気は消え失せたらしい。じっと見つめるとなぜか恨みがましい目を返してきたが、私は変わらず愛想よく、糸を吐き出した。

最近習得した、糸で絵を描く技を披露してやる。


坊っちゃんは大層驚いていた。

どうだ私はこんな芸もできるようになったんだぞ。私はえばった。


すると急に真剣な表情で、まじまじじっくりと私の糸絵を見るものだから、私はちょっぴり照れてしまって糸をたくさんある手でわさわさ回収した。勿論所作は常に可愛さを意識することを忘れない。

糸を回収して、いつものように彼らが取り出しやすい場所に置いておく。


それが終わって私が勝手にリラックスしてだらけていても、坊っちゃんはしばらく私を見つめ続けていた。何かそんなに……キミに刺さることが……?

こっちが無駄にビクビクしてしまう。

やりすぎて他に売られたり……しないよね?


しばらくしてから、息子は父に私の世話を買って出たようだった。嫌そうにしながら。

……なるほどご主人(父)が私へ構う時間を減らすことで、パパとの時間を確保しようとしているのだな。前向きで賢い良い子じゃないか。私はつたない少年のお世話にも寛大な心で対応した。

きっと私が大人しい人畜無害なモンスターだから、その若さでもお世話を許されたのだぞ少年よ。わかっているのかね? ン~~?


しかし、嫌がらせなのか掃除のつもりか、たまに取れかけた皮膚を持っていくのはちょっと痛いからやめて欲しい……。

もっと優しくしてくれてもいいのだよ?

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