10・許せない◆(坊ちゃんの怒り)
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父さんがモンスターを拾ってきた時に同行していた女冒険者が、モンスターの様子を見に家に来ていた。
モンスターが危険にならないかが心配らしい。
温和な固体だと父さんは話をするけど、成体になったら急に凶暴になるやつがいるから、油断できないとしっかり釘を差されていた。
糸を出すこのタイプの虫型ならば、成体になるには繭を作るだろうから、その時一度ギルドで預かって様子を見よう。繭を作ったら連絡してと言われ、父さんは悲しそうだった。
早く繭を作ってしまえば良い。
糸も出せなくなって、お役御免だ。
冒険者が帰った後に、いっそ、俺が倒してしまえば良いんだと、思った。
こいつが居るせいで、父さんは仕事や世話に糸を売りに行ったりと忙しいし、この間のようなトラブルを巻き起こされて大変なのだ。
モンスターは討伐するもの。ここで俺がこいつを倒しても何の問題もないはずだ。
嫌々ながらも慎重に、ずるりと重い身体を水槽から引き出す。
なんにも考えてなさそうな顔でなすがままにぼーっとしているこいつは、にぶいやつだ。
一度は自分の糸で死にかけたりしたのだから、こいつはずっとこうなんだろう。
庭へと連れて行って下ろすと、周りを見回す様子を見せた。
いつものろのろとしているから、逃げられたりはしないはず。
キョロキョロし終えたら、こちらを見て首を傾げる。呑気に餌をくれとでも要求しているようで不快だった。
俺はその辺に転がる石を掴む。
その時虫が初めて、顔を後ろに下げて警戒する様子を見せた。
こいつを倒す。頭にむかって、石を振り下ろせば良いだけだ。
浮かぶのは父さんの顔。
何日も悲しんでいた父さん、帰ってきて喜ぶ姿……こいつが居ることで、父さんは楽しみを増やしたようだった。
別に、俺に対してそっけなくなったわけじゃない。
ただちょっと、前より忙しくなっただけだ。
俺だって勉強に学校に友達、いつも父さんだけにくっついてるわけじゃない。
ただ父さんと遊びたいと思った時に、父さんの手が空いてないことが増えただけ。
父さんだって、忙しくなったと言っても、以前はよく染料用の素材を求めて冒険者ギルドを頼って出かけることが多かったのが、今ではこいつの出す糸の売上もあるおかげで買うことが出来るようになっていた。
父さんが可愛がっているこいつを、俺が殺してしまえるわけがなかった。
俺は憤りをそのままに、手にした石を家の壁に投げつけた。
ふぅふぅと高ぶった感情を落ち着けていると、気付けば虫が一歩近づいてきていて、びっくりする。
虫もちょっとびくりと揺れて、さらに体を少し起こし、ゆらゆらと不穏な動きを始めた。
口からはぷすぷす、ぷいぷい、ぷいぃと鳴きだしている。獲物を狙う動きのように見えて、ちょっとした恐怖が沸き立つ。
唐突に動くことを止めたかと思うと、しゅるしゅると、拒絶するかのように俺との間に糸を出し、壁を作り始めた。
いつもの糸を吐き出す仕草と違う。
明らかに何かを形作ろうとしている動きだった。
…………繭。
俺は大慌てで形作られようとしていた糸を蹴散らし、モンスターを抱え家に戻るとそのまま水槽に入れた。
繭にさせるわけにはいかなかった。俺のせいで繭になってしまったら、父さんが悲しむ。
しばらく繭を作り始めないか注視したが、別に繭を作る様子はない。……焦らせやがって。
できることならこいつには、末永くこのまま糸を吐き続けていてもらわなければ。
モンスターは俺が見ているのを認識し、狙いすましたように糸を水槽の壁に吐き出し始めた。またさっきのか? と慌てたが、よくよく見るとそれは先ほどとは違い、まるで何かを表現するかのような形をしていた。
何かの模様のような、絵のような……。それは父さんに似ている気がした。
動揺する。
絵を描いている? モンスターが?
じっくりと壁の絵を眺めていたら、モンスターが早々に糸を回収して、丸めてぽいと水槽内に放おってしまった。
自分の仕事は終わったとばかりに口に葉を加えて、ちょっとずつ食べながらだらしなくごろりと脱力したが、俺がずっと見ているのに気付いたのか、チラチラこっちを見てくると言うか……なんだかビクビクしているような気もする。
こいつは、何を思っているんだろう?
まんじゅう自身に興味を持った、最初の出来事だった。




