7・サヴェルノ襲来◇
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苦しまずに糸を出すことにも慣れてきたある日、突然水槽内の水が撤去され、真っ赤な鮮血を食事に出されるようになった。というか、なぜかそれしか出されなくなった。
血のような色の糸が欲しいのか? せめて血のように赤い植物を探してきてくれよ。私は怒った。
ご主人は困ったような顔をしていた。
しばらく無視していたが、彼はそれを一向にやめる気が無いようだった。マジでそれしか出してこない。水も飲めない生活になった。
最近奥さんを見かけない。
そういえば、ご主人が鮮血を出すようになった辺りから、全く姿を表さなくなった気がする。
ご主人の顔に、段々影が差してきた気もするような……。
嫌な予感がした。
え…………あの血、奥さんのだったり、しないよね????
ご主人、何かに巻き込まれてる? 何に巻き込まれたの? 怖い。
戦々恐々と、今日も血を出されるのかとビクビクしていたら、水槽ごと箱に入れられ、蓋をされて運ばれた。なんだなんだ。どうしたどうした?
明らかに何かおかしなことが起こっている。
ご主人がなにかに巻き込まれた結果私のエサに影響しているということは、勿論私も何かに巻き込まれているということです。やだ!
箱が取り払われると、私の目の前にはシャープな顔つきの男が出現した。誰。
ご主人を探す。ご主人は振り向いた所に、弱々しく立っていた。
水槽が置かれた場所は、なんか高価そうな机の上。シャープな男は座り心地の良さそうなソファに座ったまま、まじまじと私をためつすがめつ観察してきた。なに~~怖い~~~~。私買われた? この男が新しいご主人になるの??
キョドキョドと周りを見回せば、なんか怖そうな人達が多い空間だった。
奥からお仲間であろう男の一人に連れられて、この場に不似合いな奥さんが現れる。あれっ……もしかして。
ご主人は奥さんと抱き合って、再会を喜んでいる。
あ、あ、ああ゛~~~~~もしかして最近の食事って、これが原因ですかあ~~!?
ある日、奥さんが悪い人に攫われてしまいました。悪い人の目的は……私の糸かな?
返してほしくば……と、何らかの条件が提示され――たとえば仕留めた獲物から作られた糸が欲しいとか、そういう。ご主人は私に糸の生産を祈って託すも、私は拒否。
どうにもできなくなって、欲しい糸の望みが叶えられないなら私本体を寄越せとか、そういう話になった?
う、うわあああぁぁぁ最悪だあああぁぁ!
こんなことなら血でも何でも飲んでおいた方が良かったか? しかしそれでは同じことが何度でも繰り返されかねない。それも困る。
ご主人は時々私に目をやりながら悲しそうに、何かを椅子に座った男に喋っている。
椅子の男は聞いてるんだかいないんだか、雑な態度である。ちょっとそれは失礼なのでは?
そのうちご主人は喋り終えたようで、名残惜しそうにしつつも奥さんと二人で去っていった。
ああ行っちゃったよ……。
こ、こんな形で主人交代か~……やだーー! なんかやだーーーー!!
全身で嫌がってみせるが、椅子に座った男は別に見ていない。私に興味なさそうっすね! 糸目当てですもんね多分!
男は、おそらく部下であろう人間に私を運ばせて、水槽ごと私をインテリアよろしく設置させた。ニヤニヤして見てきている。
水槽の天井にはガッチリとしたびくともしない蓋がつけられて、逃げ対策もバッチリだ!
ここ絶対良くない。良くないよ……無理矢理肉とか食わせてきそうな空気漂ってるもん。
案の定だった。
最初の食事はたっぷりとした、肉。しかもなんかこう……深く考えたくない感じの形状をしてるような、気が、する……ナァ…………?
これ、アレじゃないですよね? まさか、こう、元人間として、絶対食べたくないんですけどこれアレじゃないですよね???? 無理。
私は食事を拒否した。
拒否してもお構いなし、新しいご主人は、自分の食わせたいモノしか出さないようだった。
腹が減ればいずれ食うだろ精神で、多分持久戦やるつもりだこの人。どっから調達してるんだよこの肉!! 怖すぎ! モンスターだからって舐めてやがる。無理なものは無理だって、知らないんですか!?
私は段々細ってきた。しかし負けられない。
ここで負けたら私のメンタルが終わる。
鮮血しか出されないしで水分補給もままならず、完全断食させられる事になった結果、ほっそいカッスカスになってきた私に危機感を抱いたのか、この男今度は無理矢理口に突っ込もうと思ったらしい。
部下が私の体を引っ掴んで、私の餌用であろう肉を手に取った瞬間にソレを察知した私は自分の口を糸で塞いだ。必死だった。栄養を取ってないのに、よく糸を吐き出せたものだと思う。さらに自分の身が削れた気がした。
私のそのあまりにも必死な姿を見て、シャープな男は床に転がって足を叩いてジタバタと、大笑いしていた。なんだこいつ……。
そして私は…………、
返却された。ご主人たちのもとに。
な、……なんだったんだ……??
わけがわかんない異常な人間って、怖い。
拾われた時ほどではないかもしれないが、スカスカになった私の体を見て、ご主人は泣いていた。ご主人は……優しい人なのだ。
ご主人はやさしく私を水槽の外に出し、頭を下げて首を差し出すような所作をする。怪しい雰囲気を感じた。
謝っているのだろうか? いいよもう。
今の私が欲しいものは謝罪ではなかった。
私はご主人ににじり寄り、いつかのようにご主人に抱っこされに行った。労りを所望する。あとご飯。果物がいいな! できれば柑橘系の!
心が通じたのかはわからないが、ご主人は私を抱き上げ、ゆっくりと撫で始めた。赤子をあやすように優しく抱き、何かを語りかけてくれているようだった。
ご主人は、きっとたくさん抵抗してくれた。もしかしたら、最初から私自身を寄越せと言われてたんじゃないのかな。それを、望みの糸を作るからとかなんとか言ってさ、……普通他人の血なんて餌にするにしても家の中に入れたくないよ。
私が無駄に抵抗しちゃったからこんなことになったんだもんな、多分。いや抵抗しなくても結局もっとひどいことになってたかもしれないけど。
やってみて、血肉は食べないって言っても、じゃあ試してみるから寄越せとか、きっとそんな感じだ。あの男の態度はそんな感じだった、うんうん。
……今後は、こんなこと、無いといいな。
私はこの時初めて、ご主人の言葉を理解したくなった。
その日は久しぶりのご飯をたらふく貰った後、そのままご主人のベッドまで連れていかれた。布団の上に乗っけられ、一緒に眠るようだった。珍しく奥さんも一緒に寝ている。大丈夫? 怒られない?
ご主人は疲れ果てているようで……ここのところずっと、本当に大変だったんだろうな。おつかれ、ご主人。
もし今後もこんなことがあるようなら、今度は抵抗せずに食べるよ。私を殺さず保護してくれたご主人、日々美味しいものを用意してくれていたご主人。……抵抗してごめんよ。いらない苦労をかけたかもしれないことを、反省した。
夜中、ご主人の息子がじっと私を睨みつけるように見つめていたことには、気が付かなかった。




