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5・飼育期、糸作り◇

ご主人の奥さんは、私にあまり近寄らない。

嫌われてはいないようだが、単純に外見が苦手なのではないかと思う。私も自分を自分で見たくはない。水を飲む時も、なるべく姿は見ないようにしているし……兄幼虫を知っているから、ある程度は慣れたし姿は知っているけれども。


……兄は急速に体を作り、繭に籠り、変態した。

私もあんなふうにやろうと思えばできるのではないか? と、期待している。一度は諦めたが、安定した生活と食が手に入った今ならばいずれは……。

ただ、食べているものがあまりにも違うから、実際どう転ぶかはわからない。

肉を食べなければならないのであれば、望みはないが。


兄には遠く及ばないまでも、私の体は自分でも感じるほどにむちむちみちみちと体内の細胞が増殖し詰まってきているようだった。すごい健康体。

今なら体を鍛えてパンプアップし、兄の半分くらいは目指すこともできるかもしれない。


いや、それよりもまず、繭を作るための糸吐き訓練が必要だろうか。

これまでに何回か、必死になった時には糸のようなものを吐き出してきた。

ご主人も、もしかしたら糸目当てで私を生かしているのかもだし。飯代は稼がねば!


その日から私は鍛えるついでに、縦横無尽、全方位に体を動かしながらも糸を吐けないかを試すことにした。

普段ちょっとした音を出したり食べる時に使う喉とは少し違うズレた所に何か器官があるようで、ここをどうにかすれば……出る。気がするのだが、中々コツが掴めない。

頑張ればちょっと出たりもするが、器官が口内にあるため、時々喉につっかえたりして危ない気もする。

出た分はすぐご主人が回収していくから、やはりこれが目当てで飼われているようだ。

今の所、血反吐を吐くイメージが一番近い……これは辛い。

もっと楽しいイメージがいい。そうじゃないと糸吐きペット生は今後厳しい。




ある時、これだ! という喉のうねりを感じた。

感覚を完全に掴みたくて、普段ちょっと恐れて制御してしまう感情を殺し、涙を押し留めるのをやめるかのような全力で糸を吐いた。

吐いた、と思った。

吐き出せたはずの糸は口内に留まり、にぶい塊となって私の口を完全に塞いでしまった。苦しい。

焦って一気に出しすぎたのかもしれない。私は口から呼吸を行っていたのか、苦しい。どうしよう。


私は自分ではどうすることもできず、しまいには裏返ったまま起き上がれなくなってしまった。口に詰まった糸のせいで頭が重い。

じたばたともがき暴れていたのを見かけた息子氏が、ご主人を呼びに行くのが目の端に見えた。


ぴくぴくと裏返った私を見て慌てたご主人が私を抱き上げ、口の端から垂れる糸を見るなり迷うことなく手を突っ込んで、糸の塊を無理矢理引きずり出してくれた。


息も絶え絶え、全身ぴくぴくさせながらもなんとか一命を取り留めたことを理解した私は、忘れずご主人にかわいく感謝しておく。ありがとうご主人……。

ちょっと失敗してしまったが、しかしこれで糸吐きのコツは掴めたように思う。後は出力を制御して慎重に口から出していければ、兄のように綺麗な繭も作れるのではなかろうか。

いずれは繭を作って……中に入り…………どうすればいいのかわからない。

兄はどうやって繭の中で、あのカッコいい姿に変身したのだろうか?

繭に入れば、本能的なもので急にやり方がわかったり……する? するのかな……。


今まで以上にないほど大きな糸の塊を吐き出した私を、ご主人は大層笑顔でよく褒めてくれた。食事も、なんと、今日は実付きの枝が出てきた!

これは果実なのではないか? 念願の果実! 丸々とした、小さい小さいミカンのようなものが連なる実だった。柑橘類は好きだ。私は枝ごと全部平らげた。

これまでこの体で生きてきて、一番美味しい食事だった。

今日は、もっと糸を吐きまくろうと決意する日になった。



その夜、私はまた兄のことを思い返していた。あの後彼はどうなったのだろう。

世界征服をすると言って旅立った兄。兄が彼らと出逢えば、彼らを殺すのかもしれない。

世界征服とはそういうことだ。

しかし彼らは生きている。生きて私を連れて帰り、世の中は平和そのもののようだ。

つまり、兄は私達の親と同じように……なったのだ。

……悲しい。

私は久しぶりに泣いた。

あまりにも辛くなってしまった私は、ひっそりと檻を抜け出しご主人のところへ赴く。そのままベッドに潜り込んだ。

ご主人は当初大変びっくり驚いていたが、私の悲しみが伝わったのか、しだいに背をゆっくりと撫でてくれるようになった。

私は慰められた。

優しいご主人が好きだ。兄の死は悲しいが、この人が死ななくてよかった。

丸まって、ご主人の手の温もりを背中に感じながら、眠った。

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