4・飼育期、新たな住まい◇
目が覚めた私が目にしたものは、狭く無骨な檻の内側だった。その外は温かくかわいらしい雰囲気の室内。リビングかな?
ここが新たな住まいか。そうだといいな。
私を見つめる二つの大きな瞳。子供が興味深そうに、しかしちょっとビビリながら様子をうかがっていた。
その後ろからは私を回収したであろう、私と初めて対峙したあの男と、さらに遠巻きにする女の姿。男はこの子のパパさんだったのかな? 女はママさん?
私はこれからどうなるのだろう。
害されたり売られたりしないで、このままここで穏やかに暮らしていけないかな。
狭い檻の中、精一杯の可愛気を披露した。
疲れた……。エネルギーが足りない。体もカラカラに乾いている気がする。
私は疲れ切っていたので、再び目を閉じた。
意識が曖昧だが、水をぶっかけられた気がした。私は意識も曖昧なまま、ごくごくと水と摂取した。
そのおかげで意識が浮上できたのかもしれない。
目が覚めたら、今度は大きな水槽に移し替えられていた。
この男は私を飼う気かもしれない。今度からご主人と呼ぼう。大切に育ててほしい。
ご主人が私を入れた水槽の中には、半分は草が生い茂るゾーン、もう半分にはちょっとした岩場があった。水場も設置してあるのがありがたい。
どうやら岩場が私用の住まいのようだった。元々居たのも岩場だしね。
草ゾーンにには私よりだいぶ小さい色んな種類の芋虫たちが投入された。ダンゴムシみたいなのもいる。
ちょっとうげっと思ったものの、この人生……虫生幼少期に培った兄との交流により、前よりも嫌悪感はない。小さい子たちは私にビビっているのか、草の影に隠れてしまっていたが、私は君たちを食べないので安心して欲しい。
ご主人はもしかしてこうしてお仲間を集めて、ここで一緒に育てる気なのかもしれない。よろしく頼むよ。
小さい子たちの餌を食べ尽くしてしまわないよう注意しながら、私は日々少しずつ草を食べた。ただの草葉だが、初めての植物だ。別に美味しくはないが、記憶に焼き付いてしまったグロテスクな肉を思えば大変ありがたい。私の心は安らいだ。体力も徐々に回復している気がする。
攻撃もせずおとなしい私に徐々に警戒心をなくした小さい子たちと、そろそろ会話ができるかもしれないと距離を測っていたある日、ご主人は小さい子たちを回収してしまった。
そしてなんと、あろうことか、ご主人は、水槽から出したその子達を一つに集めて…………潰して、しまった。
私は吐いた。
ご主人は虫をなにかに使うために飼育していたのか。ペットではなく、材料としてだ。
私もこうなる運命なのか。いやだ、まだ死にたくはない。
素材にされるよりももっと、生かしておいた方が有用であると示さねばならない。ガンガンと痛む頭を必死に捻った……。
しかしさきほどのショックのせいか、あまりうまく考えられない。
ご主人が再び水槽に手を入れたかと思ったら、……潰して、汁状にした小さい子達が入ったお皿を、私の目の前に、置いた。
ご主人は手を外に戻す前、ついでに私の吐き出したものを掴んで回収していったようだった。
私が吐いたのは繊維のようなものだった。私が食べていた草と同じ色をした、繊維。
小さいあの子達は私に、私のために用意された餌だった。悲しい。私は肉食だと、虫食生物だと思われている。
この水槽は、私だけに用意された、私だけのための住処だった。
潰されてしまったこの子達のことを思えば食べてあげるべきかとも思ったが、そうしたらまた新たな子達が潰されてしまう気がしたので、ついでにいうとやっぱり食べられる気もしなかったので、私はただただ丸くなって、一人いじけた。
いじけたが、ご主人たちが見ている時にこれみよがしに草を食べた。アピールだ。私はアピールをせねばならなかったことに気付いた。もう小さい子たちも居ないから、遠慮はいらない。
私は草食なんだ! 植物しか欲していない! 無駄に生物を殺すのは止めて欲しい! その気持ちで草を食べつくした。今できることはそのぐらいだった。
目の前で草が消え、いつまで経っても手をつけられない、幼虫だった者たちの残骸。
そのさまを見たご主人は、ようやく私が草食なのだと合点がいったようだった。
私はご主人を期待を込めた愛くるしい目で、じっと見つめた。
ご主人も、じっと私を見つめ返してくる。
この時、きっと私達は通じ合えたのだ。……と思いたい。
そして投入されはじめた、色んな草、花、木の枝。
理解されたことが、こんなにも嬉しい。
生物に害をなさないと理解してくれたからなのか、ずっと大人しくしていたおかげか、ご主人は、時に私を撫でてくれるようになった。
信頼関係が出来上がってきている! 私ははしゃいで喜んだ。
それを少し遠くから見つめる、子供の何かくすぶったような、瞳。
他の小さな幼虫たちが投入されることはもうなかった。
苦手だからいいのだが、素直に少しの寂しさを感じる自分の変化に正直驚いている。




