3・洞窟探索と邂逅◇
初めて住処の横穴から外へと顔をのぞかせた。
外は黒い岩でできた大きな洞窟のようで、広々とした斜めの空間が広がっている。
ぐるりと見回せば周りにも同様の穴がいくつかあった。私はなんとか他の穴へ、足と体を使って壁を伝われないか挑戦してみた。難しい。難しいが、できなくはない。
ジリジリ進んで別の小さな横穴へ。中には特に何もない。
取り敢えず、下ではなく上に向かって進んでみることにした。
なんとなく下へは行きたくなかった。植物なさそうだし。植物って言ったら土、土って言ったら地上、地上と言ったら、上だろ! 精神である。上の方からは空気が流れて来ている気もするし。
私は植物……特に果実が食べたいのだ! 私の健康的な虫型モンスター生活は、日光から始まる!
……他の生物が居たらどうしよう。
一抹の不安を心に抱きながら、私は進んだ。
すぐにバテた。そりゃそうだ。
もう私に無理矢理エネルギー(婉曲的な表現)を摂取させてくれる人は居ない。そもそも私はそのエネルギーが足りない上に、運動不足の不健康なのだ。
私はとりあえずで入った横穴で眠った。
兄は一体どこから食べ物……もとい、他の生物を調達していたのだろうか。今まで私は他の生物を見かけていない。
なんとな~く、下な気が、するんだよナァ……。忘れることにした。
しかし私は諦めない。せめて水を探せないかと思いついた。水がこの体に有効なのかはわからないが。苔とか、木の根とかなにかにつながらないか……?
私はじりじりと洞窟探索を続け、そのまま普通に弱っていった。
ただ上へ上へと宛もなく進み続け、視界も霞んできている。もはやどこを這っているのかもわからない。
体もどんどん小さくなった気がしてくる中、私は大変ピンチになった。
物理的な音声が、声がするのだ。かなり近くで。
途切れかけていた私の感覚が最大級に警報を鳴らし、どんな気配も逃すまいとアンテナを尖らせ、精一杯気配を殺した。
隅へ行き、潜んで、静かにする。慣れたものだ。兄には全く通じなかったが。
おそらく洞窟の下に人は居ない。でも、上には居るのだ。希望が出てくる。同時に恐怖も。
多分兄が出ていった先…………兄は無事に出られたのだろうか?
思えば大きく成長した兄に、ずっと一緒は無理でも途中まで連れてきてもらえば良かったのだなあ。そうすれば私も難なく植物という飯にありつけたかもしれなかったのに。天才的発想だった。兄が旅立つあの時に思いついていれば。
私はひとり、下へは行かず、何も持たずに上へと登って来てしまった。
きっと外が近いのだろう。太陽眩しく、草木生い茂り、花の香がするような……私が人間だった頃に感じていた、あの懐かしい気配。
朦朧とする意識の中でも微かな気配を頼りに、私は自分の力で人の生息域まで登ってこられたのだ……偉い。
がやがやと、徐々に近くなる声の前には現実逃避も虚しい。
モンスターが居る世界、定番なら、こんな場所に来るのは冒険者。
良くて討伐、悪くて解体。きっと素材とかにされちゃうんだ……止まぬ恐怖と不安に勝手に小刻みに揺れる体。
ええい震えるでない! 私はあの兄の妹であろうがっ! 世界征服すると言った、あの兄の!!
私の心は奮い立った。
体はちぢこまり、影を潜めてうすべったく震えていたが。
私に見える位置まで、一人の人が姿を表した。
周囲を警戒しながら、油断なく私の居る方へと近づいてくる。
手になにか鈍器のような物を持ってはいませんか? 採掘ですか? ここの壁が叩きたいならどうぞどうぞ、私は居ないと思って。
思い虚しく、その人は真っ直ぐ私の所へやってきた。全然隠れられてない。私は悲しい。
人間の姿を見た瞬間、その姿の懐かしさと、警戒すべき敵である対象に会った驚きとで、体の震えは収まった。
現れた男は、一見すれば穏やかそうな外見をしている。
ワンチャン死体だと思って見逃してくれないか?
私が恐怖でガン見しちゃってるから無理かあ……? ごめん私って怖い時目は逸らせないタイプなの。
鈍器は右手に構えられている。
なんとか生き延びる手は無かろうか? 友好的なモンスターだよと示すのはどうだ? 可愛げをアピールしてみるのは? ガタガタ。ぼく悪いモンスターじゃないよ……?
敵意はない。敵意はないんだ!
ごくりと、唾を飲み込むような緊張感。
すぐさま殺しにこないんだから、きっと希望はあるはずだ。
もしかしたら確実に殺れる頃合いを見計らってるだけかもしれないけど、私は諦めないぞ!
「」
音を、声を。
ふゅ……
と、我が身から発せられたような気がした。男が身じろぐ。
口からなんか出た。糸っぽいもの。私は疲れた。
しかしこれで終わっては、ただ攻撃しようとしただけに思われるかもしれない。
私は口から出た白い何かを差し出すように、捧げるように、頭を下げて男へと体を向けた。
攻撃体制と認識されないといいな……。
男は驚いている……のではないだろうか。体勢のせいでよく見えない。
「何か居た?」
近距離からする突然の高い声に飛び上がりそうなほど驚く。実際ちょっと浮いたかもしれない。
どうやら他の人間もこっちに来たらしい。男の後ろから数人が顔を覗かせている。
「モンスターだ。初めて見るタイプ。」
男が口を開く。声も温和そうだ。なんとか生かしてくれないか?
「どこ? ……ああ、あそこの? 生きてるの?
確かに見たことないわね。まだ幼虫っぽくはあるけど……。何考えてるの?」
「このモンスター、捕まえられるかも。」
彼らが何を喋ってるのか理解できない。そりゃそうだ日本語じゃないんだもん。
私を見て喋っている。男にもはや警戒する素振りはあまりない。もしかして……助けてくれようとしているのでは?
悪くて標本、良くて見世物ぐらいにはなったんじゃないか? そうだと言ってくれ! 私は可愛い幼虫だよ!
息も絶え絶え、なんとか満面の笑みと可愛げを前面に押し出しながら、私はうごうごと地べたでアピールした。解体は勘弁して欲しい。
希望的観測かもしれないが、彼らの会話がだんだんネコ拾ってもお世話できないでしょ? 捨てて来なさい! といったやり取りに感じられて来て、いい加減体力の限界を迎えた私は、
寝た。
温かい夢を見た。どんな毒を持ってるかもわからないのに、素手で持ったら危ないわよ! なんて怒られる男と、暖かく揺れるゆりかご。大丈夫、毒なんかないよ……多分。私は鳴いた。
私が人と対話している、楽しい夢だった。




