2・幼体期◇
まるまるぷっくりつやつやとしたとても健康そうに白く輝く兄弟幼虫は、いつも元気だ。よく食べ、よく寝て、よく活動をしている。
私はこの幼虫のお陰で生きている。
彼……兄と呼ぼうか。
兄はいつも、ちょっと興奮している。そしてしきりに、大成するぞ! と言っている。……そんな気がする。
きっと彼は欲が強いのだ。全てを欲するタイプで、実際行動にも移す、元気な個体。
私は真逆。欲はあっても自分から進んで何かすることも、したいこともあまりない。
これからどうしよう。
多分彼は、いずれここを出ていく。
きっとすぐ親みたいになって、外の世界へ飛び出したら縦横無尽に羽ばたくんだ。
私は彼に生かされている。
いい加減、ここで生きるのなら、覚悟を決めねば。
体の大きさが、随分と違ってきた。
覚悟を決めると思いつつ、相変わらず決まらない覚悟に宙ぶらりんなまま、私はずぶずぶのらりくらりと地に伏していた。
今は限界まで薄くなるチャレンジをしている。ボルゾイのイメージ。あれほどには、なかなかうまくはいかない。
ここに天敵は居ない。
親もあまり帰っては来ないし幼虫を放置するぐらいなので、ここは相当平和な場所なのだろう。
もしくは、私たちが相当強い種族なのか。
私は少食なので常にエネルギーが足りず、起きている時間が少ない。だから中々気づかなかったが、兄弟幼虫、実は結構親が持ってきたもの以外もばくばく勝手に食べているようだった。
沢山食べて、どんどん大きく健康に、強そうになって行く。
どこから獲ってきたのかわからない生物を、ふらりと消えては持って帰ってきていた。
もしかしたら、なんでも食べるどでか兄弟幼虫モンスターがいるこの場所は、他の生物からしたら危険地域なのかもしれない。
兄は獲物を狩ってくるとよく誇らしそうに、褒めてほしそうにしていた。
私のほっそい生命を繋ぎ止めてお世話になっている身。私は彼を褒めた。
精一杯の笑顔(のつもり)と素振りでのすごいね、と、いつもありがとう、は、私の十八番になった。
兄は喜んだ。そんな日はいつもよりご飯をくれる量が多くなる。私は二重の意味で泣いた。
ありがとう優しい兄弟。でももう生き物は嫌だ……植物が食べたい。
私は植物を渇望していた。
ある日、にわかに洞窟内がざわついた気がした。
兄に緊張が走り、気をつけろと、その時初めて聞こえた気がした。
声ではない。共鳴のようなものだったのかもしれない。
私はいつものように隅っこに潜み、べたりと地面に溶け込むように気持ち身体を薄く広げ、意識を薄れさせる。
その時は、結局何も起こらなかった。
私たちのところでは。
それから、私達の前に親が姿を見せることがなくなった。
兄は急速に体を作り始め、常に何かを警戒するようになった。
おそらく親が、何かに殺られた。
もしかしたら事故かもしれない。理由はわからないが、今わかることは、兄は生きようとしているということ。
私は……どうしよう。不安だが、しかし、兄のようには生きられない。
それから少しして、兄は繭となった。
繭になった間、何か危険な存在が来やないか大丈夫かと私は一人でおろおろし、兄の繭を守ろうとした。
結果的になにもなかったのだが、私がここに来て、自ら何かしようとしたのはこの時が初めてだった。私は一人になった寂しさで少し泣いていた。
大きな繭から出てきた兄は、人の形をしていた。
正確には、親蛾のような白くてふわふわな要素を兼ね備えつつ翅も生えた、ザ・人外モンスターといった姿だったが。キラキラして見えた。
オタクな私はこんなにかっこいい姿になるなら、生きるのも良いかもしれないと現金なことを思った。
でも私がダラダラしていた間、兄がしていたことを知っている。健康的な生活だ。虫系モンスターとしての。
怠惰な私は諦めた。
兄はそんな私を見て、残念なような、諦念のような、そんな表情をしていた。
幼虫の時と一緒で、兄の表情はよくわかる。同じく兄も、私の考えはわかりすぎるほどわかるようだ。
兄は独り立ちしようとしている。
二人しか居ない兄弟だ。一緒に来るかと兄は言った。
私は断った。
兄は酷く残念そうにしていた。
兄は、世界を制覇してみると言った。
前からやってみたかったんだ、と。
言葉ではない。私達だけに通じる感覚で。
私は足手まといになる。なにより食生活が合わない相手と共に居るのは大変だ。
嗜好も合わない。
世界を壊しに行くつもりの兄を、私は見てもいられないだろうから。
また会いたいと、彼は言った。
私は約束をした。
生きる努力をしてみるよ、と。
そうして兄は翔び立った。
一人になってしまった悲しさと寂しさで、私は泣いた。
気が済むまで悲しんだ後、私は……私も、慣れ親しんだ住処から這い出て行く。
兄が翔び去ったその、先へ。




