21・羽化◇
◇◇◇
世界へのムカつきが収まらなかった。
全てが無性に嫌になり、坊っちゃんすら敵に思えてくるような激情が沸き起こる。
これは……わかる気がする。わたしは一度大人を経験したことのある前世持ちなので、理解できる。
これは……やはり反抗期だ! 間違いない。
坊っちゃんの彼女に対して、上手に可愛気を振る舞えなかったのが申し訳ない。
反抗期のせいなんだ! 坊っちゃんに世話されてたから、きっと私は坊っちゃんを親みたいな気持ちで反抗期を発動させてしまったんだよ。
だから引きこもった。
そして、余りにもむしゃくしゃが収まらず、何かを吐き出したくなった。
人間だったなら、きっと山程も出てくる悪態や愚痴を発散して、暴れたくなったことだろう。しかし今の体では喋ることもできない。暴れると言っても体をうねらせて、出来ることは糸を吐き出すことだけだった。
私はイライラが収まるまで、無心に糸を吐き続けた。もしかしたら私のお部屋である水槽の中から溢れてしまうのではないかというぐらい、吐き続けた。
吐き続け、意識が曖昧になり、私は唐突に理解した。
私は、変態しようとしているのだと。
気がつけば完全に繭と一体化したような気分だった。もはやあまり自覚することも視覚することも叶わないぐらい、自分が溶け出してしまったような気がしていた。
体が一度溶け出して、意識もぐちゃぐちゃ。このままだと私は私でなくなるような、恐怖を感じた。
大切なことを思い出そうとした。
どんな大人になりたかったか? 糸は吐き続けられなければならない。お兄ちゃんのような姿をして、糸を生成できるような……。目指すものは。
完全に覚醒できない、夢を見ているかのような薄い意識で思い浮かべる。
人型になっても口から糸を吐くのは、絵面的に格好良くない気がした。異国のヒーローみたいに手の辺りから出すのはどうだろうとか、意識がゆらゆら逸れて行ったりしてしまう。困ったもんだよ私ときたら。
そんな風に、長いことふわふわした意識の中でたゆたう。
自分が望む自分、ご主人たちが望む自分。坊っちゃんが望む自分。私を受け入れてくれる人達。
ゆっくりと私に染み込んでくる、これまでの坊っちゃんの声。今でもずっと、絶えることなく語りかけられているかのように、段々、ゆっくりとした心地の良い時間が流れていった。
何を不安に思うこともなく、安心して、私は私を作っていった。
そして、浮上。
急に意識がハッキリと覚醒した。
覚醒した途端感じたのは、喉の異変と、繭の狭さ。
喉から勢いよく、ごぽりと何かの液が出て、繭の内側を濡らした。糸ではない。
外の光を受けて、繭の中を薄っすらと視認することができた。濡れた部分が、時間とともに淡く発光しだし、繭がやわらかくなったようだった。
さわさわ、さくさくと、動きづらい繭の中で繭を破るために手を動かす。これは中々頑丈そうだ。
たまにくる吐き気に抗わず、液を出す。出したら繭が溶けるから、合わせて自分の手でもちょっと削る。…………疲れた。繭厚くね?
ある程度繰り返していたら、外の気配を感じた。人の動く様子と、声。
ご主人か、坊っちゃんか……私の勇姿を今か今かと見守ってくれているのだろうか。
助けて~~~開けるの手伝って~~。
情けないが、恥を忍んで手伝いを所望する。優しい坊っちゃんならやってくれるはず。最近の坊っちゃんは力も強くなって、順調に冒険者やってるみたいだしね。
もう結構いっぱい液吐いたから、やたら硬そうだった繭も随分やわらかくなってきているし。
あっ でもこの液って消化液的な何かだったりする? 坊っちゃんに害があったら困る……。
外から、こんこん、という、はっきり響く音がした。中の異変を察知して、外からコミュニケーションを取ろうとしてくれている!
私はぽてぽて叩いていた手をすっかり止めて、次のアクションを待つ。私は賢くとても良いモンスター!
出られないのか? と質問が飛んだ。
ハイなら三回、イイエなら一回叩けと指示が飛ぶ。
私は元気に繭を叩いた。
次は逆で、ハイなら一回。
慎重に繭を叩いた。
その後もいくつかの問答があった後、坊っちゃんが剣を繭に差し込んできた。
ちょっと怖い。ざくっとは行かないでくれよ坊っちゃん! 信じてるからな!
極限まで剣が来るかもしれない範囲から体を離して待つ。私はどんな姿になったんだろう。嫌われないと良いな。格好いいと良いな。
坊っちゃんが何か真剣な声で語りかけながら、頑張っている。
人に優しくとか、なんかそんなこと。約束。
約束するよ坊っちゃん! 私は良いモンスターだからね! ほんとに! ガチで! 信じて!
「やく、そく」
声が出た。
多分、自分の声。初めての発声で、震える。
私は声を手に入れたんだ!
どんどん繭が割り開かれて行く。ありがとうご坊っちゃん! さすが頼りになる男だよきみは。
「やくそく」
嬉しさで顔がほころぶのを感じながら、新たな世界のようにも感じられる光と、坊っちゃんを、目にした。




