19・繭期、隠れ家◆
自分の食事の調達と周囲への警戒、それ以外にやれることもないので繭を綺麗に保とうと拭きながら、以前もしていたように話しかける。
「俺が繭を奪って消えたことはすぐわかる。父さんはもうギルドに連絡しただろうから、俺は見つかったら……怒られるどころじゃないだろうな。
流石に牢屋にまで入ることは無いと思いたいけど……少なくとも、もう冒険者ギルドにはいられないな。色んな場所の探索をするのは面白かったから残念だけど、仕方がない。」
「……お前が人を襲わないと約束してくれるなら、お前だけは逃がしてから後の始末をつけるからさ……変わらないでいてくれよ。」
「あーあ……。馬鹿なことしちゃったよなあ。
お前みたいなモンスターのために、人生をかけるなんて。」
日が経てば経つほど、焦りは大きくなる。繭は常に何一つ変わらず、輝かんばかりに真っ白で、耳を澄ましてみても音も聞こえない。まだ、中で、生きてくれているだろうか。
外や家は、どうなっているだろう? 気になるが、街に戻ることもできない。
父は、母は心配しているだろうか。彼女にも何も言わずに来てしまった。自分の人生よりもモンスターを選ぶ男なんて、捨てられてもおかしくはない。
「このまま一年変化が無かったら、流石に辛いな。
できればもう少し早めに出てきて欲しいところだけど……。」
「またお前と話がしたいよ。
お前はかわいい、俺の弟なんだからさ。また、顔を見せてくれよな。」
これまで、結構幸せな人生を送ってきていた。
父も母も居て、温かな家があり、こいつが糸を生産し始めてからは、生活も潤った。
途中で母の誘拐なんて大事件もあったが、それもそこまでひどい被害にはならずにすんだ。あの時はこいつがいるせいだ、なんて八つ当たりをしたこともあったっけ。
まさかこんな所で躓くとは思ってもみなかったが、まあ、こいつの為ならそれもいいさ。
大切な家族だった。もう十年以上一緒にいる。
話しかけて、だんだん俺の言葉を理解していくのがわかった時は嬉しかった。
ここで過ごす毎日は人との触れ合いもなく、あまり変わばえしないものだから、思い出すのはこの子と過ごした時のことばかりだ。
「なあ、お前も思うよな。
今までさんざん良いように使って、大人になったらポイ捨てかって。」
簡単に処分を決めたギルドの人間を夢に見たその日、いつものように目をこすりながら軽口を叩いて繭を撫でていたら、ぽこんと音がした。
驚いて後ずさる。
よくよく繭を見てみれば、昨日よりも若干薄くなっていないか……?
崩れかけた屋根から差し込む朝日を浴びる繭の中で、影が揺らいだ気がした。
剣を手に取る。それと、毒。特に虫系の魔物に強く効くと言われる毒を塗ったナイフは、事前に準備した。
殺気は、出さない。
出さなくとも、油断もしない。大切な弟だが、やはり、モンスターでもあるのだ。
繭の中の影は、戸惑うかのようにゆらゆらと揺れている……そんな気がした。
出られないのだろうか? それとも、まだ変態の途中であって、時期ではない……?
様子を見るが、繭の中の影は、またまとまって、動かなくなったようだった。
ゆっくりと息を吐く。思ったよりも緊張していたようだ。
こんなことではいけない。こいつが目を覚ました時には、安心させてやらなくては。大丈夫なのだと思わせてやらないと。
近づいて繭に手を当てて、とんとんと軽く、優しく叩く。
「出てこられなくて困るようなら、俺に言えよ?
なんとかここを開けてやるから。」




