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星くず喫茶と、ちいさな願いの配達員(漫画原作脚本)カドコミ漫画原作コンテスト【ナツガタリ'26】応募作  作者: 明石竜


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第四話 星形パンケーキは完成しない

【喫茶ほしの灯・厨房/朝】

祖母が朝の準備をしている。


グラスを拭く。棚を整える。いつもと変わらない動作。

こはるが厨房の入口に立つ。

こはる「おばあちゃん」

祖母は手を止めない。

こはる「さなえさんのこと、教えてほしい。なんで、店に呼んではいけないの」

祖母「昔のことよ」

こはる「昔のことでも、知りたい」

祖母がグラスを棚に戻す。

祖母「放っておいてちょうだい」

こはる「放っておけない。ポラが言ってた、願いには期限があるって。そのままにしたら……」

祖母「こはる」

祖母がこはるを見る。

祖母「あなたがどれだけ一生懸命でも、他の人の気持ちまで動かすことはできないのよ」

こはるは口を結ぶ。

祖母はそれ以上言わず、奥へ引っ込む。

こはるは一人、厨房の入口に立ったまま、しばらく動けない。


【喫茶ほしの灯・店内/午前】

四人が集まっている。

すずがノートを開く。

すず「おばあさんを説得するより先に、わたしたちでできることをやる。それが今できる最善だと思う」

こはる「……うん」

すず「昔のレシピは手に入っていない。でも、わたしたちで作った星形パンケーキは、写真に近いところまで来ている」

みのり「もう少し、生地の配合を調整したいです。柑橘の刻み方も、細かくした方が均一に混ざると思って」

すず「原価と手順は私が整理する。厨房を一人で回せる手順にしないと、本番で崩れる」

あかり「見た目の仕上げと、宣伝はあたしが。写真撮って、SNSに上げれば人を呼べると思う」

こはる「わたしは……試食と、接客」

三人がこはるを見る。

こはる「……それしかできないんだけど」

あかり「試食、大事じゃない?」

こはる「でも、みんなは作れるし考えられるし、すずは頭いいし、あかりちゃんは写真があるし……わたしだけ、ちゃんとした役割がない気がして」

みのりが首を振る。

みのり「こはるちゃんがいないと、わたしここに来なかったですよ」

こはる「……みのりちゃん」

すず「役に立てないと思うなら、余計なことをしないで任せておけばいい」

こはる「余計なことって……」

すず「また勝手に動こうとしてるでしょ。顔に出てる」

こはるは目をそらす。


【喫茶ほしの灯・厨房】

みのりが生地を混ぜている。


すずが横で手順を書いている。


あかりが仕上がりの角度を確かめながら型を見ている。

こはるはその横で、試食用の皿を並べながら、考えている。

こはる(心の声)祖母とさなえさんを、同じ時間に呼べば――

手が止まる。

こはる(心の声)話し合いの場さえ作れれば、あとは二人でどうにかなるんじゃないかな。

こはるは皿を置く。


【喫茶ほしの灯・店内】

すずが棚の整理をしている。

こはるが近づく。

こはる「ねえ、すず。祖母とさなえさんに、同じ時間に来てもらう計画を考えてるんだけど」

すずが振り返る。

すず「……どういうこと」

こはる「祖母には、試食に付き合ってほしいって呼ぶ。さなえさんには、パンケーキを食べに来てほしいって伝える。時間をそろえれば……」

すず「それはだめ」

こはる「でも……」

すず「二人をだますことになる。それで無理やり顔を合わせても、こはるが望むような結果にはならない」

こはる「何もしなかったら、願いが消えちゃうんだよ」

すず「……こはる」

すずがこはるをまっすぐ見る。

すず「願いを叶えたいんじゃなくて、こはるが正しいって証明したいだけじゃない?」

静寂。

こはる「……そんなこと、ない」

すず「店を残したい。祖母を助けたい。願いを叶えたい。それは全部本当だと思う。でも、それと同じくらい……うまくいった自分を見たいんじゃないの」

こはるの顔が赤くなる。

こはる「すずに、わたしの気持ちの何がわかるの」

すず「わかろうとしてるから言ってる」

こはる「……出ていって」

すずが止まる。

こはる「今は、話したくない。出ていって」

すずはしばらく、こはるを見ている。

やがて、カウンターのエプロンを手に取る。

すずが手に取ったエプロンには、昨日ついた粉がまだ少し残っている。

すずはそれを払おうとして、やめる。

たたまずに置くのではなく、いつもの几帳面さで、角をそろえてカウンターに置いた。

その丁寧さが、こはるには余計につらく見えた。

扉が静かに閉まる。


【喫茶ほしの灯・厨房】

みのりとあかりが、物音を聞いていた。

みのりが厨房から出てくる。

みのり「こはるちゃん……」

こはるは棚の前に立ったまま、振り返らない。

あかりが出てくる。

あかり「……追いかけなくていいの?」

こはる「よくない、かな」

あかり「じゃあ追いかけてきたら」

こはる「……少しだけ待って」

みのりとあかりが顔を見合わせる。


【喫茶ほしの灯・店内/少し後】

こはるが一人、テーブルに座っている。

ポラがカウンターから降りてきて、テーブルの上にのぼる。

ポラ「落ち込んでいるのですか」

こはる「……うん」

ポラ「すずが言ったことが、刺さったのですか」

こはる「正しいことを言われたから、余計に」

ポラはしっぽをゆっくり揺らす。

ポラ「ポラも、最初は間違えたのです」

こはる「え?」

ポラ「星の配達員は、願いを届けるだけなのです。叶えることを押しつけてはいけないのです」

こはる「……どういうこと」

ポラ「願いを叶えようとして、相手の心を無理に動かそうとしたら――それはもう、願いを届けることじゃないのです。自分がやりたいことを、願いの名前でやっているだけなのです」

こはるはテーブルに視線を落とす。

ポラ「こはるが店を残したいと思うのは、本当のことなのです。でも、祖母やさなえの気持ちより、こはるの気持ちを先に動かそうとしていたのでは、なのです」

こはる「……そうだね」

ポラ「ポラも最初、この店に来て、すぐ全部解決しようとしたのです。でもクッキーを食べていたら、少し落ち着いたのです」

こはる「解決方法がクッキーなの?」

ポラ「クッキーは関係ないのです。ただ、急いでいた、ということなのです」

こはるはポラを見る。

こはる「……わたし、すずに酷いこと言った」

ポラ「そうなのです」

こはる「慰めてよ」

ポラ「事実なのです」

こはるは立ち上がる。


【星見町・公園/午後】

古いブランコ。砂場。水飲み場。

すずがベンチに座っている。


膝の上にノートを置いて、何かを書いている。

こはるが走ってくる。

すずが顔を上げる。

こはる「……いた」

すず「なんで分かったの」

こはる「ここしか思いつかなかった。わたしたちが小さいころ、よく遊んでたから」

古いブランコの支柱には、昔貼られた星のシールが一枚だけ残っている。

こはるはそれを見て、小さいころ二人で貼ったことを思い出す。

すずも同じ場所を見ていた。


すずはノートを閉じる。

こはる「……ごめん」

すず「何が」

こはる「すずがいてくれるの、当たり前だと思ってた。一緒にいてくれるのが当然で、意見を聞かなくても動いて、出ていってって言って、ひどかった」

すずは答えない。

こはる「すずが現実的なこと言ってくれるのは、ちゃんと分かってた。でも、自分の気持ちをぶつける方が先になって」

すずがベンチから立つ。

すず「私は、こはるが失敗しないようにしたいんじゃない」

こはる「え」

すず「失敗しても一人にしたくないだけ」

こはるが止まる。

すず「こはるが転んでも、変なことを言っても、うまくいかなくても——そこにいたい。それだけ」

こはる「……すず」

すずは少し目をそらす。

すず「だから出ていってって言われると、困る」

こはるがすずの手を取る。

すずがこはるを見る。

こはる「一緒にいて」

すず「……最初からそのつもりだけど」

こはるが笑う。

すずも、わずかに口元がゆるむ。


【公園・ベンチ】

二人が並んで座っている。

こはる「祖母とさなえさんを、無理に会わせるのはやめる」

すず「うん」

こはる「でも、何かしたい。二人が選べる場所を、作りたい」

すず「……どういうこと」

こはる「来てほしいって言ったのは本当。でも、来るかどうかは二人が決めることだと思う。わたしたちは、来てもいい場所を、作るだけでいい」

すずはこはるを見る。

すず「それなら、できるかもしれない」

こはる「一日だけ、ちゃんとしたイベントをやりたい。昔のパンケーキじゃなくて、わたしたちが作った星形パンケーキを出して、町の人を呼ぶ。名前は――」

こはるが少し考える。

こはる「星くず喫茶祭、とか」

すず「……派手な名前ね」

こはる「あかりちゃんが考えたら、もっと派手になるよ」

すずが小さく笑う。


【喫茶ほしの灯・店内/夕方】

四人が集まっている。

こはるが話す。


祭りの計画。一日限定。昔の完全再現ではなく、四人で作った星形パンケーキ。来るかどうかは、祖母にもさなえにも、本人たちに任せる。

あかりが手を挙げる。

あかり「宣伝、あたしに任せて。写真撮って、今日中に上げる」

みのり「メニューの仕上げ、もう一回やり直します。祭り用に、見た目ももう少し整えたい」

すず「当日の運営と、席の回し方を考える。人が来ても回せるように、手順を作っておく」

三人が、自然に自分の役割を口にした。

こはるはその様子を見て、少しだけ置いていかれたような気がした。

こはる「わたしは……試食と、接客」

すずがこはるを見る。

すず「町の人に、直接声をかけてきて」

こはる「え?」

すず「お客さんを一人ずつ訪ねて、この店の思い出を聞いてくる。それがこはるの役割」

こはるは少し考える。

こはる「……それ、わたしにできること、かな」

みのり「こはるちゃんだからできることだと思います」

あかりがにっと笑う。

あかり「人の気持ちに気づくのが得意って、ポラっちが言ってたよ」

ポラ「ポラっちではないのです。でも、そう言ったのは本当なのです」

こはるが四人を見回す。

こはる「……やる」


【星見町・各所/数日間】

こはるが、町を一軒ずつ歩いている。


八百屋の前で、老夫婦と話している。

老婦人「ほしの灯? 昔、子どもたちを連れてよく行ったわよ。星形のパンケーキが大好きでね」

こはる「何人くらいで来ていたんですか?」

老婦人「三人……いえ、二人だったかしら。ごめんなさいね、昔のことだから」


クリーニング店の前で、中年の男性と話している。

男性「高校の時、試験が終わったら必ずあそこで食べてたんだ。懐かしいな」


郵便局の前で、若い女性と話している。

女性「ちいさいころ、おばあちゃんに連れてってもらった記憶があります。また行けるんですか?」


【喫茶ほしの灯・前日夜/店内】

みのりがパンケーキの最終試作を仕上げている。

すずが明日の手順表を確認している。

あかりが宣伝の写真をスマートフォンで見ている。

店内を撮った一枚で、窓際の席だけが、白くぼやけていた。

あかり「まただ」

すず「何が?」

あかり「ううん。たぶん、逆光。あとで撮り直す」

あかりはそう言って、写真を削除しようとして、指を止めた。


こはるが戻ってくる。

こはる「全部で、二十三軒。来てみますって言ってくれた人がいっぱいいた」

あかり「すご、一人で?」

こはる「足が痛い」

すず「お疲れ様」

すずがお茶を出す。

こはるがひと口飲む。

みのりが皿を持ってくる。

みのり「最終確認、してもらっていいですか」

皿の上に、星形のパンケーキ。

きれいな焼き色。柑橘の香り。

こはるがひと口食べる。

少し間があって。

こはる「……おいしい」

みのり「昔の味とは、違うと思います。でも——」

こはる「わたしたちの味だ」

四人が顔を見合わせる。

ポラがカウンターから顔を出す。

ポラ「明日、なのです」


【喫茶ほしの灯・前日夜/閉店後】

明かりを落とした店内。

こはるが一人、さなえに向けて短い手紙を書いている。

『明日、ほしの灯で一日限定のイベント、星くず喫茶祭を開きます。わたしたちが作った星形パンケーキを出します。来てほしいとは言いません。ただ、もしよかったら。待っています。』

封もせず、テーブルに置く。 

明日、開店前に届けに行くつもりで。


【喫茶ほしの灯・祭り当日/昼】

店の前に、手書きの看板が出ている。

『一日限定 星くず喫茶祭』

星形の飾りをあかりが貼った。

みのりが作った小さな花の飾りも、窓に並んでいる。

開店と同時に、人が来始める。


懐かしそうな顔の老夫婦。

スマホで写真を撮っている若い女性グループ。

小学生の子どもを連れた家族。

 

あかりが笑顔で案内する。

みのりが厨房を回す。

すずが注文を整理する。

こはるが一人ずつ声をかけてまわる。

星形の飾りが、扉の開くたびに揺れる。

テーブルの上には、焼きたてのパンケーキの皿が次々に置かれていく。

子どもが歓声を上げ、年配の客が懐かしそうに壁の写真を見る。

あかりのカメラのシャッター音、すずのペンが注文票を走る音、みのりがフライパンを置く音が重なる。 

その中心で、こはるが「いらっしゃいませ」と何度も頭を下げている。

祖母も厨房に入っている。

祖母「みのりちゃん、火加減はこっちの方がいい」

みのり「ありがとうございます、教えてください」

祖母が四人の作ったパンケーキをひと口食べる。

祖母「昔と同じではないけれど……あなたたちらしい味ね」

こはるが厨房から顔を出す。

こはる「おばあちゃん……」

祖母「ちゃんと運んできなさい。テーブルが待ってるわよ」

こはるが笑って、皿を持っていく。


【喫茶ほしの灯・祭り当日/夕方】

店内はまだにぎわっている。

すずが注文票を確認しながら、こはるに小さく話しかける。

すず「想定より客が多い。席の回しを少し変える」

こはる「任せる」

すず「……さなえさんは」

こはる「来てない。まだ、来てない」

すずは何も言わない。

窓の外。夕暮れが近づいている。


【喫茶ほしの灯・祭り当日/閉店間際】

席が少しずつ空いてきている。

四人がカウンターの前に集まる。

あかり「もうすぐ閉店時間」

みのり「来なかった……ですね」

こはるは窓の外を見ている。

答えない。

その時。

ポラが声を上げる。

ポラ「……ポラ」

四人がポラを見る。

ポラがカウンターの上で、ゆっくりと傾く。

しっぽの星形が、ほとんど光っていない。

ポラ「願いが……間に合わないのです」

小さな体が、そのまま横に倒れる。

こはる「ポラ!」

こはるが駆け寄る。

ポラの体は温かいが、しっぽの光は消えかけている。

ポラ「……ごめんなさい、なのです……」

四人が、ポラを囲む。

窓の外。

夕暮れの商店街に、人影が一つ。

立ち止まっている。

店の看板を、見上げている。


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