表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星くず喫茶と、ちいさな願いの配達員(漫画原作脚本)カドコミ漫画原作コンテスト【ナツガタリ'26】応募作  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/3

第二話 幼なじみは店員にならない

【喫茶ほしの灯・店内/翌朝】

夏の光が、星柄のカーテン越しに差し込んでいる。

こはるがカウンターに大きな紙を広げている。


色違いのペンで書かれた、手作りの予定表。

月森すずは向かいに立ち、それを見ている。

すず「……何これ」

こはる「計画表。今日から動くために作った」

すずは紙に目を落とす。

『1,昔のレシピを探す 2,星形パンケーキを完成させる 3,願いの持ち主を探す 4,お客を増やす』

すず「大ざっぱすぎる」

こはる「方向性が大事なんだよ」

すず「方向性と計画は別物よ」

こはるはエプロンを一枚、すずに向かって差し出す。

こはる「じゃあすず、手伝って。一緒に考えよ」

すず「私は店員にならないから」

こはる「えっ」

すず「言ったでしょ。巻き込まれるつもりはないって」

すずはエプロンを押し返す。

すず「ただ、昨日の件は気になる。だから少し調べる。それだけ」

こはる「……どこを?」

すず「図書館と、町の資料室。昔の喫茶ほしの灯について、何か残っていないか確認する」

こはる「さすがすず……!」

すず「感謝しないでいい。興味があるだけ」

すずはバッグを持ち、扉の方へ歩く。

すず「ポラは連れていかないで」

奥のカウンターから、ポラが顔を出す。

ポラ「ポラはどこにでも行けるのです」

すず「図書館は静かな場所なの」

ポラ「ポラは静かにできるのです」

すず「それは信じられない」

すずは出ていく。

ポラ「……なぜ信じてもらえないのです」

こはる「クッキー三枚追加で食べてたから、かな」

ポラは視線をそらす。


【喫茶ほしの灯・厨房】

こはるは棚を引っ張り出している。


古いノート。日付のついた帳面。レシピらしきメモ。

こはる(ひとりごと)「レシピって……どこから探せばいいんだろ」

ノートを開く。

びっしりと書かれた数字と品名。

こはる「これは……仕入れの記録?」

別のページ。

こはる「こっちは……読めない」

ポラが横から覗き込む。

ポラ「料理が得意ではないのですか」

こはる「うん。正直、パンケーキがどういうものかもよくわかってない」

ポラ「では作れないのでは」

こはる「作りながら覚えるんだよ!」

入口のベルが鳴る。

こはるはボウルを取り出し、粉を入れた。

こはる「まず、粉。次に卵。たぶん牛乳。きっと砂糖」

ポラ「たぶんときっとで料理をしているのです」

こはる「大丈夫。パンケーキって、混ぜて焼けばできるものだから」


数分後。フライパンの上で、丸いはずの生地が、星どころか地図みたいな形に広がっていた。

こはる「……星見町の地図?」

ポラ「食べ物の形ではないのです」

こはる「まだ焼けばなんとかなる!」

ひっくり返そうとした瞬間、生地が半分だけ折れた。

ポラ「折れたのです」

こはる「言わないで」


【喫茶ほしの灯・店内】

扉を開けたのは、ふわふわした髪の女の子。

白いワンピース。手には小さな花柄のバッグ。

花城みのりが、店内をきょろきょろと見ている。

みのり「あの……開いてますか?」

こはる「開いてます! いらっしゃいませ!」

みのり「あ、こはるちゃん。よかった」

こはる「みのりちゃん! 来てくれたんだ」

花柄のバッグの口から、包装された小さな焼き菓子の袋がのぞいている。

近づくと、ほんのり甘い香りがした。

みのりが壁の写真に目を向ける。

みのり「ここ、前から気になってて。古い喫茶店って、なんか落ち着くんですよね」

みのりの視線が、一枚の写真で止まる。

カウンターに二人の女性。テーブルに星形のパンケーキ。

みのり「……これ、かわいい。この形のパンケーキ、ここで出てたんですか?」

こはる「昔ね。今は……」

こはるは一瞬迷う。

こはる「実は今、それを作り直そうとしてて。一緒に手伝ってもらえたりする?」

みのり「お菓子作りなら得意です!」

こはる「ほんとに?!」

みのり「はい。小さいころ、うちに来る人が少なくなった時期があって……その時、お菓子を出すと、みんな少しだけ長くいてくれたんです」

こはる「……みのりちゃん」

みのり「だから、誰かがもう一度来たくなる味を作るの、好きなんです。ケーキもクッキーもパンケーキも——」

その瞬間。

クリームの入ったボウルから、ずぼっ、と丸いものが顔を出す。

クリームまみれのポラ。

ポラ「……美味しいのです」

みのりが固まる。

こはる「ポラ! それ明日の分!」

ポラ「ポラはおなかが空いていたのです」

みのりはゆっくりポラに近づく。

みのり「……触っても、いいですか?」

ポラ「ポラは星の配達員見習いなのです。むやみに触れるような……」

みのりがそっと頭を撫でる。

ポラ「…………」

数秒後。

ポラの目が、静かに閉じる。

ポラ「……なのです……」

そのままポラが、みのりの手の中でとろとろと眠ってしまう。

こはる「寝た」

みのり「ふわふわ……」

みのりは、眠っているポラをそっとカウンターに置いた。

それから、厨房の方をのぞく。

ボウルに残った生地。焦げたフライパン。粉のついた計量カップ。

みのり「あの……もしかして、分量を量らずに作ってますか?」

こはる「心で量ってる」 

みのり「心だけだと、たぶん膨らまないです」

こはる「やっぱり?」

ポラが寝言のように言う。

ポラ「……膨らまないのです……」

こはる「寝ながら言わないで」 

みのり「でも、心が入ってないお菓子も、あんまりおいしくならないと思います」

こはるが少しだけ顔を上げる。

みのり「だから、分量と心、両方でいきましょう」


【喫茶ほしの灯・厨房】

三人が並んでいる。

こはる・みのり・そして腕を組んで戻ってきたすず。

テーブルの上には失敗したパンケーキが積まれている。

焦げている。崩れている。中が半生のものもある。

こはる「……なぜ」

みのり「生地の硬さがまだ安定してないんだと思います。あと型の当て方が」

すず「資料室には昔の新聞しかなかった。ただ、開店当時の記事は一つ見つけた」

すずがノートを開く。

ページには、新聞記事の写しと、資料室の棚番号が細かく書かれている。

こはる「すず、めちゃくちゃ調べてる」

すず「調べるなら、ちゃんと調べるだけ」

こはるはノートの端に、小さく「こはるにも分かるように」と書かれているのを見つける。

こはる「……ねえ、これ」

すず「見なくていいところを見ないで」

こはる「店員にはならないのに?」

すず「それとこれは別」

こはる「ふーん? そっか、別なんだー」

こはるがにやにやする。

すず「……変な顔してないで、これを見て」

すずがノートの一行を指さす。

すず「“星見町名産の柑橘を使った特製レシピ”という記述があった」

みのり「柑橘……」

みのりが写真をじっと見る。

みのり「そういえば、この写真のパンケーキ。生地の中に、小さな粒が入ってます」

すずが写真を引き寄せ、目を細める。

すず「本当ね」

こはる「それが柑橘?」

すず「皮を刻んで混ぜ込んでいたとしたら、生地の香りも変わる。普通のパンケーキとは別物になる」

みのり「やってみたいです」

こはる「じゃあ柑橘、買ってこよう!」

すず「待って」

すずがメモを見る。

すず「記事に名前が出ていた。星見農園。でも、数年前に閉園している」

三人が沈黙する。

ポラが眠気眼で顔を上げる。

ポラ「困ったのですか」

こはる「柑橘が手に入らないかもしれない」

ポラ「ポラには関係ないのです。でも——」

ポラがしっぽをくるりと揺らす。

ポラ「願いの期限は、大流星群までなのです。早くするべきなのです」

こはるはすずを見る。

こはる「昔の味じゃないとだめなのかな。近いものを作れば……」

すず「近いものと同じものは違う。願いの持ち主は、あの味を求めてるはずよ」

こはる「でも、お店を立て直すことと願いを叶えることを、同時に――」

すず「それが難しいって言ってる」

こはるが黙る。

みのりが二人の間に小さく手を上げる。

みのり「農園が閉まっていても、経営していた人は近くにいるかもしれません。聞いてみるだけでも」

すずはみのりを見る。

すず「……確認する価値はある」

こはる「みのりちゃん、ありがとう」

みのり「わたし、こういうの好きなんです。人を訪ねるの」


【星見町・郊外へ向かう道/午後】


三人は、商店街を抜けて、坂道を歩いていた。

閉まったままの金物屋。シャッターに残る古い星祭りのポスター。

空き地になった場所には、新しいマンションの工事看板が立っている。

こはる「昔は、この辺にもお店がいっぱいあったんだって」

すず「人の流れが変わったんでしょうね」

みのりは、手にしたメモを見ながら、少しだけ寂しそうに言う。

みのり「でも、なくなっても、誰かが覚えているものってありますよね」

こはる「うん。だから、探しに行くんだと思う」


【星見町・郊外の民家/午後】

古い家の縁側。

白髪の老人が、三人と向かい合っている。

庭の隅には、使われなくなった木箱が積まれている。

かすれた文字で「星見農園」と焼き印が残っている。

老人「ほしの灯、か。懐かしいね」

こはる「星見農園の柑橘を、昔、喫茶店が使っていたと聞いて」

老人「そうじゃよ。ほしの灯のご主人には、長いことお世話になった。昔は、夏になるとよう注文が来た。星形のパンケーキに使うから、香りの強い実を分けてほしいと言われてな」

こはる「星形パンケーキ……」

老人「二人で来たこともあったよ。照子さんと、もう一人、よう笑う娘さんが」

すずが顔を上げる。

すず「もう一人?」

老人は少し考えたが、首を振った。

老人「名前までは覚えておらん。ただ、二人であれこれ言い合いながら、実を選んでおった。あのころのほしの灯は、明るかったな」

老人は庭の隅の木箱を一度だけ見てから、裏庭へ歩く。

老人「全部は処分しようとしたが……一本だけ、捨てられなくてな」

庭の奥に、一本の木。

小さいが、夏の葉が青々としている。

老人「少しだけなら、持っていきなさい」

こはる「ありがとうございます……!」

みのりが木の葉にそっと触れる。

みのり「いい香り……」


【星見町・帰り道/夕方】

三人が並んで歩いている。

みのりは柑橘を大事そうに持っている。

こはるがすずの隣に並ぶ。

こはるは、柑橘を抱えるみのりを見て、それからすずを見た。

すずのノートには、資料室で写した記事、星見農園の住所、柑橘の特徴がびっしり書かれている。

こはる「……すず、店員にならないって言ってたのに」

すず「店員じゃない」

こはる「でも、誰よりも手伝ってくれてる」

すず「調べものが好きなだけ」

こはる「……ごめん、すず」

すず「何が」

こはる「お店のこととか、願いのこととか、全部一気にやろうとして。すずが現実的なこと言ってくれてるのに、ちゃんと聞いてなかった」

すずは前を向いたまま答えない。

数歩。

すず「平気なわけないでしょ。こはるがずっとここにいたんだから」

こはる「……え?」

すず「なんでもない」

こはる「今なんか言った?」

すず「言ってない。帰るよ」

こはるが意味を聞き返そうと口を開く。

みのり「あ、あそこ夕焼けがきれいです」

三人が空を見上げる。


西の空が橙に染まっている。

すずは視線を戻して、静かに歩き続ける。


【喫茶ほしの灯・厨房/夜】

三人が並んでいる。

柑橘の皮を刻む。生地に混ぜ込む。型で焼く。

焼き上がったパンケーキを、ゆっくりと皿に移す。

星の形。

さっきまでと、少しだけ違う。

こはる「……今までで一番、写真に近い気がする」

みのり「焼き色もいいです」

すず「香りも変わった」

ポラが鼻を近づける。

ポラ「これは……いいのです」

三人は顔を見合わせる。

こはる「おばあちゃん、食べてみて!」


【喫茶ほしの灯・テーブル席】

祖母がパンケーキをひと口、食べる。

フォークが、皿の上で小さく止まる。

パンケーキの切り口から、柑橘の香りがふわりと上がる。

祖母の目が、ほんの少しだけ見開かれた。

まるで、何かを思い出したみたいに。

けれど、すぐにまぶたを伏せる。

祖母「星形パンケーキじゃないわ」

それだけ言って、祖母は立ち上がる。

厨房の方へ歩いていく。

こはる「……おばあちゃん?」

返事はない。

ただ、祖母の背中が、いつもより小さく見えた。

怒っているのではない。

悲しんでいるように、こはるには見えた。


三人が顔を見合わせる。

ポラが耳を立てる。

みのりが写真を手に取る。

星形パンケーキの皿。若い祖母の笑顔。隣に立つ見知らぬ少女。

みのり「……この写真、何度も見られていたみたいです」

こはる「え?」

みのり「端のところだけ、少し擦れてます。誰かが、何度も持ったのかも」

みのりは写真をそっと裏返した。

みのり「……あれ」

すずが覗き込む。

写真の裏。

インクが薄くなっているが、小さな文字が残っている。

すず「名前……ね」

みのり「読めますか?」

すずが目を細める。

すず「……朝永ともながさなえ」

こはるが振り返る。

こはる「だれ?」

その名前を口にした瞬間、テーブルの上の星のかけらが、ちかりと光った。

ポラの耳が、ぴんと立つ。

ポラ「……その名前、願いに近いのです」

三人と一匹は、しばらく、その名前を見ていた。


厨房の奥で、祖母が静かに何かを片付ける音だけが聞こえる。

その音が、いつもより遠く感じた。

窓の外、夜空に流れ星が一本。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ