レベル83 師弟再開
キースと幕僚たちは急ぎ、グランデ王国へ帰還した。
国家統合という大事業の最中の、幹部の死亡。
しかも、それをしたのが元パーティーメンバーだったというのがキースの胃をキリキリとさいなむ。
「ファリオス様が簡単に死ぬとは思えぬ」
通常口調のジェナンテラが二頭目の馬を駆りながら、キースの馬に横付けして話しかけてきた。
「それは俺もそう思うが、ヨートがもしかしたらそれだけ強くなったのかもしれない」
「それは難しいのではないじゃろうか。ファリオス様直々に鍛えられたアグリス副団長でも、まだあしらわれる程度じゃぞ?」
確かにアグリスは強くなった。
前までは中の上くらいだったのが、上の中くらいにはなっている。
そのアグリスをあしらえるファリオスは、すでにレベル100。
カンストしているのだ。
そして、地道な努力によってごくわずかながらステータスを上昇させ続けていた。
ダークエルフの牢に囚われていた時から、だそうだ。
そのファリオスをヨートが?
しかし。
「もし、レベルカンストクラスの強者がヨートを指導したのなら……」
「今の時代、そのような奴はおるまい?」
「ヨートの師である“拳聖”なら可能性はある」
「自分の名前を流派名につけるほどの自信家、その自信の源がレベルカンストだったとしたら厄介じゃな」
拳聖もまた謎の多い人物である。
弟子を一切取らずに拳聖新陰流なる流派を立ち上げた。
その際に、所属していた陰流の道場を潰している。
かと思えば、どこからか連れてきた子供らを鍛え上げ、そして殺し合いをさせている。
わかっているだけでも、ヨート、クート、ロクトの三人。
いずれもそれなりの強者だ。
メルチやキースのような特別な例と違って、人間がレベルカンストまで行くのは実質不可能とされている。
レベルというのは、自分の同格、あるいは格上のものと戦い、勝つことによって経験値がたまりあがっていくものなのだ。
格下の相手を倒しても、得られる経験値はわずかだ。
つまり、レベルを上昇させるには人間の平均レベルが30、冒険者だけで35、軍人なら40代のこの世界でもっと強いものと戦い勝ち続けていく必要がある。
そんなことは無理だ。
まず、強者がいない。
世界各地をくまなく探せば、隠れている魔王軍残党や、高位ドラゴンがいるかもしれないが探す間も時間は流れ続ける。
人間という百年にも満たない寿命しか持たない種族では、時間が足りない。
拳聖にはあるいはできたのかもしれない。
しかし、ヨートには無理だ。
時間が足り無すぎる。
「人間にはレベルカンストは無理だ。つまり何か別の強化方法があったのかもしれない」
「うむ。まずは話を聞く必要がありそうじゃな」
行きと同じくらいの速さで、キースらは帰還した。
思ったより、グランデ王城と城下町は落ち着いている。
というか平常どおりだ。
王城の入り口にはひげ男がいて、キースに頭を下げる。
「詳細を教えてくれ」
歩きながら、キースはひげ男に聞く。
「あんたらがキディスに向かって二日後だ。あの拳術家の坊主がやってきた。そして開口一番、ファリオス様と一対一で戦いたいと言った」
ヨートがファリオス、いや彼女をはじめとした魔将たちの強さを超えることを誓って旅に出たことはキースは知っていた。
だから戻ってきて、戦いを挑んだ。
本当にそれだけのことなのか?
「戦いの様子は?」
「それがな。よくわからんのだ」
「スターホークをしてわからなかった、と?」
「ああ、見えなかった。これでもファリオス様に修行をつけてもらって、そこそこ戦える自信はついたんだ。けどよ……気付いたら、ファリオス様は倒れていた。何にも見えなかった。……それだけだ」
「わかった。ならばヨートに聞いてみよう。どこにいる? 追跡部隊はどうだ?」
「それが、あの拳術家よお、自分でも牢に入っちまったんだ。あんたを待つ、と言ってな」
「逃げなかったのか」
そうか。
ただただファリオス様を倒すのが目的か。
ならせめてタイミングを見計らってくれよ。
と、キースは心の中でヨートに愚痴った。
グランデ王城の地下牢にヨートはいた。
壁に向かって正座をし、静かに座っている。
「お待ちしておりました、キース」
鉄格子を挟んで、キースはヨートと向き合った。
「とりあえず、言い訳をしろ。話はそれからだ」
まずは説明だ。
どうしてこういうことをしたのか、わからないうちは処罰も何もできない。
意外にしっかりとした目つきでヨートはキースを見た。
「私がファリオス様を殺しました」
その声には、後悔も、自慢も、怒りも、悲しみも込められては居なかった。
事実を淡々と言っただけ。
「どうやって、だ?」
「拳聖新陰流裏の拳”死崩拳”で、です」
「そんなことを聞きたいんじゃない」
「私はベリティス城を出たあと、拳聖新陰流の修行場に行きました」
十字路地方の北方には、荒れ果てた砂漠があり、そのさらに北に深山幽谷が連なる人跡未踏の地”コンロン山脈”が存在する。
拳聖新陰流の修行場は、その山脈と砂漠の境界のどこかにある。
詳細な場所はヨートにもわからない。
いくつかの目印を覚えているだけだ。
その修行場には誰もいなかった。
あるのは、修行の最中に命を落とした同胞の墓だけ。
ヨートは、その乾き凍える大地に座り、瞑想を始めた。
それは無だ。
暑さも、寒さも、飢えも、渇きも、悔いも、望みも、生も、死も、その無の外側で起こっていることに過ぎない。
どのくらいの時間が流れたか。
ヨートは、不意に流れを見た。
虚空にある流れとしかいいようのないもの。
精霊使いなら、天かける精霊と言うだろうし、魔族なら魔力の循環と言うだろう。
唯一つ言えることは、その流れは何かしらの力であるということだ。
ヨートは流れまで歩いて行き、身を委ねた。
ヨートの体を通り抜けていく流れには、この流れが流れいくままに拾い集めた生き物の思いが寄り集まっていた。
その中には人間の思いの欠片もある。
ほとんど意味を成さない単語の羅列、一瞬の激情、そんなものがヨートの中に現れては消えていく。
流れに突き動かされるように、ヨートは拳を突き出した。
意外なほどスムーズに放たれた拳は、当たれば会心の一撃であったろう威力だった。
「それが外気功だ。まさか、一番早く来たのがヨートだとはな。正直驚いた」
ヨートの視界に現れたのは、中年、というには引き締まった体躯の男だ。
黒々とした長い髪を持ち、ぼろぼろの道着に、無精ひげ。
「師匠」
「よお」
拳聖。
新陰流の創始者にして、ヨートたちの師匠だ。
なぜ、ここにいるのかなど聞いても意味がない。
そういう人物だからだ。
「外気功とは?」
「その名の通り、力、魔力、気を己の中ではなく、外から取り入れる技能だ。逆に己の力、魔力、気を使うことを内気功と言う」
ヨートは拳聖に向かって拳を振るう。
会心の一撃が出るという予感にも似た感覚。
しかし、その拳は師によって止められてしまう。
「ふふふ。私を倒すにはお前の拳ではまだ弱い。だが、少し引き上げてやるとするか。どうやら、強者が世に現れて始めているようだ」
拳聖は笑う。
ヨートはこの外気功の感覚に身を委ねたままだった。
次回!ファリオスとヨートが戦う!という予告を前もした気がするが気のせいだろう。
明日更新予定です。




