レベル82 二人の女王の決断
初秋。
グランデ王国内に布陣した魔王軍混成魔軍団は、グランデ王国女王ベルデナットに恭順を促した。
そして、ベルデナットは即応じた。
「ラスヴェート様が率いる軍団に、キース様が軍師をしているなら帝国全軍くらいじゃないと相手になりませんわ」
「いや、私は魔王様の“謀将”ベリティスだ」
「なるほど、キース様は今はそう名乗っていらっしゃるのですね」
「だから、キースではない……」
キースの言い分は聞いてもらえそうになかった。
女王の返事はもらえたので、次は実務者間の協議となる。
といっても、魔王軍代表はキースだし、グランデ側はひげ男ことスターホークだ。
「いよお、顔を隠していると男振りが上がってる気がするな」
「貴公とは初対面だ」
「ああ、はいはい。そういうことね。立場がある方は大変だ。で、どうするキース殿」
ニヤニヤ笑うスターホーク、いやひげ男にキースはもう訂正するのを諦めた。
「統治機構はそのまま活用させてもらう。ただし、国軍はある程度の防衛戦力を残して、魔王軍所属になる」
「ほう? じゃあ俺も栄えある魔王軍の将になれると?」
ひげ男ならなれるかもしれないが。
「いや、今のあんたじゃ無理だ」
「おいおい、あの戦争から一年しかたってないんだぜ? 俺とそんなに差がついたとは思えないな」
「悪い。差がついたんだ」
キースは全スキル同時発動攻撃の際の、気迫だけ出すことに成功していた。
その気迫はレベル差のあるものなら恐怖のあまり固まってしまうほどだ。
便宜的に“魔眼”とでも呼ぼうか。
魔将の眼だから間違いではない。
ともかく“魔眼”にひげ男は固まった。
恐怖には抗っているようだが、そこからどう抵抗していくかわからないため動けない。
「嘘だろ、こんなの」
「魔将というのは魔王軍の中でも相応の実力を持っていなくてはならない」
「あんたら、うちの女王様をここまでにできるのかよ!?」
「ベルデナット女王陛下はまだ12歳だ。成長の余地はある」
キースはそこで“魔眼”を解いた。
ひげ男はホッとしたように息をはき、体をほぐすように動かした。
「それはそうかもしれんが……俺では無理なのか?」
「魔将スターホーク、か?」
「これでもよ、名のある傭兵団のリーダーとしてそれなりに活躍してきたんだぜ? グランデ王国の親衛隊隊長としても名が知れてきたんだ。ここまできて、まだまだ高みがあるとかよ」
「わかった。では、ベルデナット女王陛下とその親衛隊を魔将強化プログラムに参加させよう」
「なんだその魔将強化プログラムってのは?」
「その名の通り、才能の無い者でも魔将に匹敵する実力を身につけることができる訓練のことだ」
「ぜひ参加させてくれ」
向上心があるなあ。
その日から、グランデ王国の女王とその親衛隊はファリオスに徹底的に修行をつけられることになった。
その際、ひげ男を見つけたアグリスは、ひげ男をコテンパンにのした。
それはもう憤懣を晴らすかのように、八つ当たりのようにギッタギタだったようだ。
うーん。
やはり、脳筋に鍛えられると脳味噌まで筋肉になってしまうのだろうか。
グランデ王国が魔王軍傘下におさまってから、数日後にはキディス王国からの使者がやってきた。
いわく、グランデを押さえられたらもうどうしようもないので降服します、とのことだった。
まあ、キディス王国の外交的にグランデを通さないと帝国との交易もできない。
素早い判断はさすがアリサ女王というところだ。
キースはグランデをファリオスに任せ、幕僚のみでキディス王国へ向かった。
ローグギルドのコネを最大限に活用し、替え馬を複数用意させ通常の倍速でキディスへ到着した。
慌てたように迎えに来たアザラシ・ノースガントレーはキースの変わりように驚いたようだった。
それに率いている人員にも。
まあ、魔族に、ゴブリンに、ハーフハルピュイアが従っているのだ。
どう見ても魔王の部下だろう。
すぐに、アリサ女王との面会ができた。
「アザラシから聞いてはいたけど、変わったわね」
「仮面を被っているからですよ」
「それはそうだけど、それ以外の雰囲気とかもね」
「……こちらの条件は、魔王軍将兵が納得できる実力を持つこと、だけです」
「私は退いたっていいのよ?」
アリサは涼しい顔で言った。
「退位しますか?」
「だいたいね、私はただの衛兵隊長だったのよ? それを無理矢理祭り上げたのはあなたたちでしょうに」
そういえばそうだった。
「そんなこともありましたね」
とりあえずうやむやにしておく。
「まあ、いいわ。私に黙って無理矢理併合だってできたはずだもの。ちゃんとこちらの話を聞きにきてくれただけでも誠意は感じるわ」
「この国は武家貴族が強いですからね。女王がもっと強かったらと思ってるはずですよ」
「思ってるに決まってるわ。男ってどうして腕っぷしで比較しちゃうのかしらね」
「女性に頭の回転で敵わないからでは?」
「そこは口の悪さじゃなくて?」
「さあ、それはわかりませんね」
それから細々とした魔王軍とキディス王国の関係性の確認やどこまで従属するのかなどを決めて、一息ついた時。
アリサは口を開いた。
それまでにためらっていたから、何か重要なことなのだろうか。
「実は、ね。囚人が一人脱走したの」
それは、キディス王国の管理体制の不備であって、魔王軍には関係ないはず。
しかし、続いた言葉でキースはそれが自分に大いに関係あることだと気付いた。
「逃げ出したのは、テルヴィン。元ランアンドソードのリーダーで、あなたたちの仲間だった人物よ」
テルヴィンは、ランアンドソードの設立者だ。
家を継げない貴族の子弟が冒険者になるのはよくあることで、彼が冒険者になり、自分のパーティーを組むのも当然だった。
長旅の末にキディスにたどりついた神官メルチ。
ローグギルドから冒険者を調査するために身分を隠していたキース。
旅の拳術家のヨート。
そして、剣士テルヴィン。
この四人がランアンドソードだった。
それなりに上手くいっていたパーティー。
モンスター討伐もやったし、遺跡探索もした。
薬草採取や、旅行者の護衛なんていう任務も請け負った。
そして、テルヴィンはパーティーを裏切った。
いや、貴族のみで構成されたパーティー“ノーブルエッジ”の過激派に売ったのだ。
身に付けていたマジックアイテムや、その身柄そのものを。
魔王様が乱入してくれたおかげでテルヴィンとノーブルエッジを倒すことができた。
そして、テルヴィンは捕縛され、キディスの牢獄に収監されたはず、だった。
「なぜ、でしょうか」
なぜ、このタイミングで?
「それはわかりません。ただ」
「ただ?」
「テルヴィンと会話した囚人が“俺は亀裂に選ばれた”という言葉を聞いていて……」
亀裂!
魔王様が夢で戦った滅びの化身。
これは偶然とは思えなかった。
そう、そうなのだ。
対策を練っているのはこちらだけではないのだ。
魔王様に夢の中で敗北した滅びの巨人が屈辱を晴らそうとするのは当然だ。
そういえば、帝都帰りのキースたちを襲った集団も“亀裂”のゼールに率いられた盗賊団ではなかったか?
敵も動き出している。
「わかりました。こちらでも注意しておきます」
そこへ、何かが駆けてくる足音。
「会談中、失礼いたします」
グランデに置いてきたはずの伝令がいた。
「何があった!?」
「は。グランデ王城に襲撃者です。混成魔軍団が対応いたしましたが、ファリオス様が戦死なさいました」
「なんだと!? 相手は誰だ」
ダークエルフの“闇将”がそんな簡単に死ぬはずがない。
「相手は、ヨート様です」
まったく想定外の名前が出てきたことに、キースはここ数年で一番の衝撃を受けた。
次回!ヨートとファリオス、そして。
明日更新予定です。




