侯爵令嬢の仕返し ~コミカライズ1巻発売記念~
侯爵令嬢は手駒を演じる コミカライズ1巻発売中です!
配信など各種情報は活動報告にて。
第一部7話より少し前。ジュリアンナが王都教会潜入前の話。
対のエドワード視点の短編はコミカライズ版に収録。
こちらの短編は単独でも読める話になっています。
「あの腹黒王子め!」
わたし、ジュリアンナ・ルイスは、自室で淑女とは思えない大きな声で叫んだ。
「わたしがぼんくら貴族ひとり躱せない小娘だとでも言うの!? こっちは伊達に完璧な淑女と呼ばれていないのよ。余裕だっての!」
「お嬢様、淑女たるもの鬼の形相で枕をぶん殴ってはいけません」
「だってムカつくんだもの!」
わたしがベッドの上で子どものように言うと、マリーはスッと目を細めた。
「 お 嬢 様 」
わたしは頬を引きつらせながら、コホンと咳払いをする。
「ごめんなさい、マリー。もうやらないわ」
わたしが怒りを表していたのには、もちろん理由がある。先日、不本意ながらわたしはエドワード様の手駒になった。
その際、ちょっとした意趣返しをして侍女に噂を流させたのだが、それが想定とは違う方向へと広まった。
王宮内では不自然なほどあの理想の王子様の悪評が流れていたのだ。
「噂の修正ぐらい、わたしでもできたのに」
「ですが、お嬢様よりも王宮に住まう第二王子殿下のほうが、早く対応できました」
「マリーはどっちの味方なのよ」
「未来永劫、私はお嬢様の味方です。しかし、甘やかすだけが侍女の役目ではありませんから」
マリーの客観的な物言いのおかげで冷静になったわたしは、深く深呼吸する。
「意図的に捻じ曲げられた噂をかき消してくれたのは助かったわ。けれど、あの腹黒王子はわたしへの嫌がらせも兼ねて、あんな馬鹿な物語を作ったのよ」
噂の修正の方法はいくらでもあったはず。それなのに、あの腹黒王子は『悪辣な方法で迫ってきた馬鹿貴族に苦慮していたルイス侯爵令嬢を、第二王子が王宮で助けた。
それを逆恨みした馬鹿貴族が彼の悪評を流した』などと、理想の王子様らしい清廉潔白な物語を流した。
その物語に妄想を膨らませたのか、王宮では第二王子とルイス侯爵令嬢の恋物語が始まるかもしれないと評判だ。
彼の捏造された悪評など、もう誰も覚えていない。
「いくつもある解決策の中から、自分に有益かつ面白いと思う方法を選ぶ……お嬢様と一緒ではないですか」
「違うわよ!」
「はいはい、同族嫌悪ですね。さあ、お嬢様。頭を切り替えてください。こちらが調査の結果です」
マリーは淡々とそう言うと、わたしに書類の束を渡す。そこには、外部から王都教会へ潜入できる職種がつらつらと記されている。
「王都教会への潜入……やはり修道女か見習い看護師が潜り込みやすいわね」
「女性が多い職種で、孤児でも受け入れてくれる職種はその二つだけですから」
「王都教会の上層部との接点を得るなら、修道女が一番だけど難しいわね」
「ええ。修道女の大半が幼い頃に引き取られた孤児か、熱心な信徒です。どちらも身分を用意するのが難しいかと」
「潜入時の身分は見習い看護師に決定ね。演じる役は、どんな設定にしようかしら」
わたしが楽しげな声を上げると、マリーが王家の紋章で封緘された手紙を押し付けてきた。
「こちらは今朝届きました」
わたしは嫌々手紙の封を開けた。
「潜入時の第二王子側への連絡手段ね」
「お嬢様には必要ありません。第二王子側にきちんと連絡がいく保証などないのですから」
「確かにエドワード様まで連絡がいくか信用できないわ。わたしたちはお互いがどれほどの実力があるか、探りあっている状態だものね」
わたしと彼に恋物語のような甘い信頼関係がない。そして、第二王子の権力による一方的な服従関係でもない。
「第二王子にお嬢様ほどの実力があるとは思えませんね」
わたしは手紙を暖炉に放り込んで燃やすと、およそ完璧な淑女とは思えない、悪辣な笑みを浮かべる。
「そんなことないわ。エドワード様は優秀よ。だからわたしは、彼の手駒になったんだもの」
燃える手紙を見ていると、わたしの頭にちょっとした案が浮かぶ。
「そうだわ。定期連絡の時に、ちょっとからかってあげましょう」
やられたらやり返す。そんなエドワード様とわたしの関係は、少しだけ面白いかもしれない。
「ほどほどにしてくださいね、お嬢様」
わたしの自室に、マリーの呆れた声がやけに大きく響いた。