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傾国の少女と嫌われた少年  作者: 末乃
第一章 『傾国の少女』
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恋愛ビギナーたちの作戦会議 in ファミレス

 絢瀬(あやせ)が、一宮(いちみや)玲佳(れいか)を認知し雷に打たれ(たような衝撃を受けて)早二週間。卒業式は大した涙もなくあっさりと終わり、学生たちはすっかり春休みに突入していた。迫る高校入学に心を躍らせ始める時期である。

 そんな、三月二十一日。駅近くのファミレスにて()()は集まっていた。

「───というわけで、初恋に落ちたこの僕にアドバイスが欲しいんだ」

 無論、このようなよく分からない相談をニコニコと恥ずかしげもなく持ち掛けているのは恋愛れんあいビギナーの絢瀬(あやせ)世奈(せな)である。それは間違いない。そして隣に座っているのが浅倉(あさくら)華火(はなび)。では何故、ボックス席の正面が空いているのか。そう、今日この場に居るのは絢瀬と華火の二人だけではない。

「………………はあ?」

 絢瀬の突拍子もない相談に、仏頂面で疑問を投げかける男が一人。

 眼鏡を掛けていて一見真面目そうに見えるが、普通に態度と口が悪い絢瀬と華火の悪友。

 平良たいら修平しゅうへいだ。

 机をコツコツと指で小突いてるところを見るに機嫌は悪そうである。平良たいらは口を開いて、

「卒業式は大遅刻、教室で話しかけても心ここにあらずで意思疎通も出来ず、卒業式後も俺のメールを無視し続けてたお前の初恋がなんだって?」

 悪友はご乱心である。絢瀬は一宮玲佳を知ってからしばらくの間、思考がまともに機能せずまるきり使い物にならなくなっていたのだ。実際に行動に移すのに二週間もかかったのもそのため。

「まあまあまあ」

 張本人であるのに、まるであいだを取り持つかのように平良を落ち着かせようとする絢瀬。

「うん、人間考える時間は必要ってことだよ。悪いとは思ってるんだ、でも仕方なかった」

 全く悪びれる様子のない絢瀬に対して、はあっ、という大きなため息が平良から漏れ出る。

「ったく……。これは一体どういうことなんだ? 浅倉あさくら

 面倒になったのかムカついたのか、平良は絢瀬本人から聞くことは諦めて華火の方へと尋ねる。華火は吞気なもので、ドリンクバーのアイスティーにガムシロップをこれでもかと突っ込んでいる最中だ。人によってはガムシロップを取りすぎてお店の迷惑になるのでは? となるギリギリのラインを攻めている。

「はあ……、まあなんと言いますか」

 ばつが悪そうに、マドラーでグラスの中に渦を作りながら華火が続ける、

帝花(ていか)中学校のさ、『傾国の少女』って呼ばれている女の子知ってる? 一宮(いちみや)玲佳(れいか)さんって人なんだけど」

 平良は、少し考える素振りを見せ、

「───ああ、噂の滅茶苦茶モテるっていう女のことか」

「そう、それ」

 華火は、正解と言わんばかりに指をはじく。

「その子が卒業式の日、駅の近くに来ててねー。その子を見ようと集まった大勢の人で、かなりの人混みになってたのよ」

「へー、そんな子が駅に。……そういえば俺の友達も、丁度その時居なくなってたな。どこに居たのか聞いたら『駅前に野暮用がー』って言ってたが、あれはその『傾国の少女』がお目当てで見に行ってたのか」

 頬杖をついてダルそうにしながらも、卒業式での出来事に納得した様子を見せる平良。

「ん?」

 ここで何かに気付いたのか、平良の身体が一瞬固まった。

「ちょっと待てよ。てことは、絢瀬の初恋がどうこうって話のお相手は……」

 平良は思わず絢瀬に視線を向けるが、そいつは目の前で呑気に季節の限定パンケーキを食べてやがる。そのため、平良の疑問に答えたのはパンケーキに夢中な絢瀬ではなく、何故だか少しヤケになっている華火の方だった。

「平良のご想像の通り、お相手は噂の一宮玲佳さんですよー」

 これに、平良はかなり驚いた表情をして、

「いーやいやいや、嘘つけよ!」

「いや本当だってば、本人にも聞いてみなさいよ」

 横の華火が呆れた様子で絢瀬をジーっと見つめる。すると、

「うん、ほんとだよ。僕あの人好きなんだ」

 あっさりと、本人が認めてしまった。

「ええっ! だって絢瀬、お前恋愛とか興味ないだろ⁉ 女なんて眼中になくて、デートとかも絶対まともに出来ないタイプの人間だろうがお前は! なに血迷ってる⁉」

「普通に失礼だな。……確かに僕はこれまでに好きな子とかできなかったけど、今回は本気だ。卒業式のあの日、彼女を一目見て分かった。僕はあの子と結婚したい」

「気持ち悪いぞお前」

 絢瀬と平良は中学からの付き合いだが、これまでずっと一緒に遊んでいても互いの異性の好みについてすら語ったことは無かった。お互い恋愛など興味ないし、恋愛話なんてすることもないと考えていた。

 だからこそ、そんな女っけがない絢瀬が初恋がどうこう言っていて大変驚いているのだが。

「だいたい、どこを見て好きになったんだよ……。そもそも一度も喋ったことすらないんじゃないのか?」

 平良から、もっともな疑問が投げかけられる。

「喋ったことはないけどさ、なんかびびっときたんだよ。どこを好きって言われても難しいな。見た目だってもちろんそうだけど、動作一つ一つにも気品があふれ出てるって言うか……」

 どこか煮え切らない答えだが、絢瀬も絢瀬で異性のいいところを表現する術を持ち合わせていない。これまで異性に興味すら無かった絢瀬としては、美しすぎる彼女をただの言葉だけで表現のしようがないのだ。

「はあ。まあ、そんなもんなのかね……」

 友人の意外な一面に驚きつつも、なんとか納得した様子の平良。

 だが納得したところで、同時に一つ考えなければならないことが浮かび上がってくる。

「でも『傾国の少女』って、本当にとんでもなくモテてる奴なんだろ? 告白なんていくらでもされてるし、正直選び放題だろ。絢瀬じゃ高嶺の花どころの騒ぎじゃないと思うんだが?」

「あんま舐めてんなよこの野郎。多少無理がある挑戦なのは、僕だって理解してるさ」

 絢瀬は、一宮玲佳が大勢にとり囲われているところを既に目撃している。そこらのちょっとモテてますぐらいの人間じゃ、ああはならないということも当然理解している。

 確かに、あそこまでの状況を作れるのが規格外すぎると思ったのも事実だ。だが、初恋で変に気合が入っている絢瀬としては、そんなの些細な問題でしかなかった。恋敵ライバルの多さは絢瀬が諦める理由にはならない。

「結局は、あの有象無象の中で一番になればいいだけだろ。なにがなんでもやってやるさ!」

 そう言い切る絢瀬は自信満々だ。

「ほお。凄いな、お前」

 ここまで来ると平良も感心が勝る。ほんの二週間前に一宮玲佳を知ったばかりの絢瀬と、何度か噂を聞いてきている平良では事の重大さの理解に差があるのかもしれない。

「それで実際どうするんだよ」

 ここまできて、やっとこの集まりの本題に入ることが出来た。ここから一宮玲佳に挑戦する上でどう立ち回っていくのか、恋愛ビギナーの絢瀬の頭だけじゃ出力がこと足りない。今日はその相談会なのだ。

「相手は絶世の美少女とまで評される『傾国の少女』だぞ。そいつのことが好きなやつなんて巨万ごまんといる。その有象無象の中から抜け出すってのは至難のわざだぞ」

「実際、告白とかをして抜け駆けしようとしてる人は結構いるみたいだけど、どれも恨みを買ってあっさり潰されちゃうらしいのよねー」

 一宮玲佳は性別問わずありとあらゆる人間からの好意を一身いっしんに受けている。

 だがそれは行き過ぎていて、誰かが彼女をデートにでも誘おうものなら、『よくも俺(私)たちの一宮玲佳さんを!』と、大勢が即座に嫉妬で潰しに行ってしまうのである。

 それでも諦めきれずに、恋敵ライバルからの恨み覚悟で玉砕する勇者たちも絶えずいるのだが。

 そして、噂では軽く伝わっているが、これらの恋敵ライバルを潰そうという動きは人一人を軽く再起不能にする程度レベルのモノである。それこそ、外傷がなくリタイア出来れば奇跡に近い。しばらく入院生活なんてのはざら。対抗勢力がお互いに牽制しあうあまり、逆にその大多数が彼女に近付けていないというのが現状である。

「当然、そのくらいの覚悟ならあるさ。好きな人とお近づきになられたからって嫉妬で襲ってくる連中、軽く返り討ちにしてみせるよ」

 相当な自信があるのか、絢瀬は拳をギュッと握りしめながら言う。

「随分な自信だな。でも、その子がモテてるのは、そんな『ただ嫉妬する程度の普通の連中』だけじゃあないらしいぞ」

 いつだったかに聞いた噂を思い出しながら、平良は続けていく。

「───なんでも、『忍者』や『お姫様』、……それに『侍』に『極道の組長』。そんなよく分からないヘンテコな奴らも彼女を狙っているって噂だ。ジャンルを盛りすぎてよく分からなくなった映画かっての。いやほんと、まったく見取みどりだぞ。宇宙人なんかが混じっていても驚かない闇鍋ゲテモノラインナップだ」

 あれだけ大勢の人間を彼女は魅了していたのだ。中には、そんな特殊な人間が混じっている可能性もなくはないが……。

「仮にそんな連中が襲ってきたとして、アンタは無事に生き残れるわけ?」

 あくまで普通の少年である絢瀬に、当然の疑問が投げかけられる。実際、一宮玲佳の影響力は年々増してきている。色物連中もそうだし、ハイスペックな人間が我こそはと集まる群雄割拠の戦場。そこに平凡な学生がただ挑んでもまともな勝負にはならないだろう。魅力という意味ではなく、闘争を乗り越えられないという意味で。勝負の体裁をとれるかすら怪しい。

「自信はある。彼女を好きになって気付いたんだが、僕はかなり執着心が強いらしい。四六時中彼女の事を考えているし想っている。彼女が世界一愛される美少女なら、僕は世界一人を愛せる人間だよ」

「結構言ってること気持ち悪いぞお前」

 平良にけなされているが、絢瀬は自慢げなままだ。

「執着があるって言ってるけどさ、ぶっちゃけそれでどうなるわけ? 執着が強ければ魅力や腕っぷしが上がるわけじゃないでしょ?」

「フフッ、いいや、執着があればなんだって出来るさ。出来ないことなんてないんだよ」

 そう言いながら、絢瀬は持参したナップサックからガサゴソといくつかの紙を取り出した。

「なんだ? それ」

 平良の疑問を受けながらも、絢瀬はパンケーキのお皿をどけて、テーブルに紙を広げていく。

「僕が彼女を知ったのはほんの少し前だ。だから僕が周りの奴らに比べて周回遅れなのは重々理解している、だから、まずは調査をすることにしたんだ」

「「調査?」」

 華火と平良の声が重なった。

「うん、残念ながら今、僕は彼女と一切の接点を持っていない。これは何よりも優先して解決しなければならない問題だ。知り合いにすらなれなきゃ、アプローチのしようがないからね。だから、彼女との接点を持てそうな場所をまずは探したんだ。この紙は、彼女の進学先の高校のデータだよ」

「「え?」」

 さっきよりも綺麗に二人の声が重なった。

「え? 気色が悪い。アンタは一体何をやっているの?」

 理解が及ばないのか、どこかうわずった声で華火が聞く、

「おっと、勘違いしないでくれよ、僕は別に彼女を付け回したりしてこの情報を集めていたんじゃない。やったことと言えば精々、彼女に直接どこの高校に行くか聞こうとしただけだよ」

「いや、知りもしない奴からいきなり進学先聞かれるとか怖すぎるだろ」

 華火も平良も見るからに顔が引きつっている。

「そればっかりは本当に申し訳ないと思っているよ、ただ僕も付け回したりストーカーみたいな真似をする気はないしね」

「性質的にはほぼストーカーみたいなもんじゃねえか」

 絢瀬世奈の異常性は、改めてキチンと認識し直す必要がありそうだ。

「……まあでも、そもそも直接聞くことは出来なかったんだよ」

「えっ、聞けなかったの?」

 華火の率直な疑問が投げられる。

「だって、僕は彼女の連絡先も知らないじゃないか。在籍してた中学校は分かるけど卒業済みだし、常識的に考えて個人情報を教えるはずがない。危ないし。それに、彼女の家や行動範囲を知ってるわけでもない。知ってたとしても、突然押しかけるなんて迷惑にしかならないだろ?」

 なにを当たり前のことを、といった顔で話すのは鼻にはつくが、

「じゃあどうやったんだ?」

 平良がさっさと聞いていく。

「SNSで聞いたんだよ、本人に宛てて投稿したんだ。ネットに本名を書くのは危ないから、イニシャル(Reika(レイカ) Ichimiya(イチミヤ))で本人にだけ分かるよう【R.I.さんもしよかったらどこの高校に行くのか教えてください! ~絢瀬~】ってね」

「……、」

 もうすっかり馬鹿を見る目になった華火は呆れて、

「届くわけもないし伝わるわけもないでしょ。てかなんで本名をイニシャルで隠すネットリテラシーはあるくせして、自分の本名はそのまま鮮度満点で晒してんのよ」

「彼女はそもそも僕を知らないんだから、僕の本名は必要だろう? 仕方なかったんだ」

「……それで、肝心の結果はどうだったんだ?」

 色々と諦めて平良が聞くが、絢瀬は残念そうにうなれて答える。

「全然ダメだったね。本人からの返信は一切なし。なんなら彼女の情報を嗅ぎまわっている奴として拡散されて、大量の恋敵ライバルが家に武装して押しかけてきたよ」

「全然だめじゃないか」

 家を襲撃されても余裕そうなあたり、絢瀬の生命力は意外にも高いようだ。

「……よく無事だったわね」

「まあね、そいつら暴走してたけど、特別強い人は居なかったし」

 そして、絢瀬はテーブルの紙を指で指しながら、

「本当にたまたまだけど、コイツも分かったことだしね」

 コイツ、とは一宮玲佳の進学先のことである。

「襲撃者を倒したらドロップでもしたのか?」

「うん、襲撃者の中にストーカー行為を働いていたやつがいてね。戦っている最中に偶然紙束を落としたんだよ。他にも住所とかプライベートな情報てんこもりだったから、全部そいつにくくり付けてそいつ丸ごと燃やしたけど」

「アンタも大概血気盛んよ!」

 過剰な愛情は人の加害性を増やすようだ。

「でもさ、それで進学先が分かって被せにいったら、結局そのストーカーと同類じゃないの?」

「その心配はない。よく見てよ、この学校名を」


 示されたその紙には、この三人にとって見覚えのある学校名が記載されていた。

 翔麗しょうれい高校。そう、丁度この三人が春から通う公立高等学校の名前である。

「えー、ってことは、その子も含めて私ら全員同じ学校ってこと?」

 その通り、と嬉しそうに絢瀬が頷く。

 つまり、絢瀬がわざわざ彼女と関わりを持とうと動かなくても、そもそも絢瀬と一宮玲佳の進路は偶然被っていたのだ。

「なんで今年はこんなに倍率が上がったのかと思っていたが。……はあ、これが原因か」

 三人の学力は比較的高く、近くの高校を、と皆で揃えて選んでいたため特に気にかけてはいなかった。だがその裏では、例年を異常に上回る倍率での受験戦争が行われていたのだった。

「進学先をストーカー経由で知ったのは誤算だったけど、はなから同じ高校なら関係ない」

 

「……ん? てことは」

「ああ、そうだよ」

 問いに絢瀬が答える。

「接点なら生まれた、だからこれから考えなきゃならないのはその先だ」

 四月になれば、三人と一宮玲佳は同じ高校の生徒となる。接点がないという最大の問題は解消された。後は真向まっこう勝負、絢瀬世奈がどれだけ彼女の心を掴めるかだ。

「言うまでもなく、一番大切なのは初対面、最初の印象なんだ。その印象は五秒で決まるとまで言われている。だから、ここだけは外せない! 恋愛ビギナーの僕なんかじゃだめだ。どうしても、二人の知恵を貸してほしい!」

 これまでと違って、その声色はより一層真剣そのものだ。絢瀬は二人に頭を下げて頼む。

「「……、」」

 しばらくの間があった。そして絢瀬が顔を上げて二人を見ると、二人は笑みを浮かべていて、

「フフッ、まったくしょうがないわね! 本当は気乗りしないけど、そこまで言われたら手を貸さないわけにはいかないじゃない! 幼馴染のよしみで、やってあげるわよ!」

「ったく、しょうがねえなあ。ちょいと面倒ではあるが、俺らの力で最高の初対面を演出してやるよ!」

 こころよい二人の言葉に、絢瀬は思わず胸が熱くなる。これが初恋の恋愛ビギナー・絢瀬にとって、この二人の協力は文字通り百人力だ。

「二人とも……、本当にありがとう!」

 四月、来たるべき時に向けて、一つの結束が誕生した。固く、硬い、友情という絆が。

 思わず、絢瀬の頬を涙が伝いそうになる。


 と、ここで、絢瀬がふと気になったことを聞いてみた、

「ところで、二人って恋愛経験どれくらいあるの?」


「恋人出来たことない」

「私もー」

 ───絆は、十数秒で崩壊した。

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