宣戦布告
「───にしても、ものすっごく綺麗な人だったね……!」
「……、」
華火が話しかけてくるが、絢瀬はまだいまいち調子が戻らず、返答するまでに時間がかかっている。
別に、可愛いや綺麗、これらどれもが抱いたことのない感情というわけではない。絢瀬だって、犬を見れば可愛いと思うし、海を見れば綺麗だと思う。だけど、ここまでの感情の奔流を、絢瀬は味わったことがなかった。それが、こんなに心地いいものだとも知らなかった。
「……、」
「……?」
再び返事が無くなった絢瀬の目の前で手をブンブンと振り、華火が意識の確認を行う。
「おーい、またフリーズー?」
「い、いやっ……違う」
華火を手で制しながら、絢瀬はまだ回りきらない思考を全開にしてなんとか言葉を紡ぐ。
「ねえ華火。さっき、中学校でやり残したことは『恋愛』だと言ったよね」
突然その話? と訝しげに華火が返事をする。
「へ? そりゃまあ確かに言ってたけど……。───っ⁉」
絢瀬と華火は十数年レベルの長い付き合いだ。お互いの考えなんて手に取るように分かる。絢瀬が今何を考えているのかも、華火は分かってしまう。ただ、今回限りは分からない方が幸せだったのかもしれない。華火は悪い予感を感じたのか、わなわなとしながら尋ねる。
「絢瀬……、アンタまさか⁉」
フッ、と、絢瀬はそう声を漏らして、
「僕は、……高校では恋愛をする」
「ぬなっ⁉」
恋愛なんて眼中にすらなかった絢瀬の、渾身の宣言だった。
もはや言語化出来ないような顔をしてしまっている華火を横目に、絢瀬は続けて宣言する。もうここでは止まらなかった。
もはや見えなくなろうとする人だかりの中、偶然、人の隙間を縫うようにして『その少女』がちらりと見えた。
きっと、彼女は噂通りの人気者なのだろう。多くの人に慕われ、多くの人に信奉されているのだろう。ただ街を出歩くだけでこんな人だかりが出来ることなんてまずありえない。
だから彼女と、その周りの有象無象に、
きっと声は届かないだろうけど、絢瀬世奈は確かに言葉を放った。
「───僕が、『傾国の少女』の隣に立ってみせる‼」
その言葉がきちんと耳にまで届いたのは、浅倉華火ただ一人だった、
けれど、それは少年にとって立派な宣戦布告だった。




