『傾国の少女』
一宮玲佳、まだ名前も知らないその少女を見て、絢瀬世奈は固まっていた。思考が働かないというよりは、そもそも脳の電源が入らない。コンピュータがショートした状態に近い。
「おいっ、おいってば! おい絢瀬!」
複数回に渡る華火からの呼びかけで、ようやく絢瀬は思考を取り戻した。辺りを見ると人だかりの中心からは既に外れていて、噂の少女が駅前から学校へと向かい始めたのだと悟る。
「華火、今僕はどれだけの時間固まっていた?」
「えと…、ざっと5分くらいかな……」
会話こそしているが、絢瀬の視線はこの場から離れようとしている人だかりに釘付けになっている。
「……名前、そうだ名前! ねえ華火、あの子の名前って分かる?」
思い出したかのように絢瀬が声を上げる。普段語気を荒げることなんてない絢瀬だが、珍しくそれは感情が乗った声になっていた。きっと本人も気がついていない。
「いや、別に私も知らなかった……んだけどさ」
珍しく感情が表に出ている絢瀬に驚きつつも、華火は続ける。
「アンタがフリーズしている間も、皆があの子について喋ってたからね……。あの子の名前、それとあの子のことを冠する言葉くらいなら嫌でも聞こえてきたわよ」
「冠する言葉?」
冠する言葉と聞いて、それがどういったものかを絢瀬は理解出来ずにいた、けれど、
それはゆっくりと告げられた。
「あの子の名前は、一宮玲佳」
ゴクリ、と告げられた少女の名前に絢瀬が喉を鳴らす。華火は、間に一拍置いて、
「そして、誰をも魅了する、国家までをも揺るがしかねない絶世の存在───『傾国の少女』……確かに、そう呼ばれていたわ」




