少女が取り戻したモノ
あと数分もすれば地上に到着するというころ。絢瀬は、玲佳にしなだれかかるように身体を預けて風に揺られていた。左手は上に展開されているパラシュートへと繋がる紐へ、右手は玲佳の腰の辺りに回していた。
二人は夕日を眺め、どこか落ち着いた時間を過ごしている。下を見れば、住み慣れた街の建物たちが、豆粒みたいに小さく見える。
「ねえ……、一宮さん」
先に口を開いたのは、絢瀬の方だった。
「一宮さんはやっぱり、……人との繋がりを、まだ諦めていないんだよね?」
それは、確認だ。あのとき、航空機で絢瀬に玲佳が望んだ願い。そのために、少女は少年に助けを求めた。
「……うん、身勝手だとは自分でも思ってる。───でも、それでも、私は……」
玲佳の願望は変わらない。少女はずっと、それを望んでいた。それは紛れもない、少女の本音だ。だから絢瀬は、
「じゃあさ、僕から一つお願いをしてもいい?」
「……お願い?」
小首を傾げた玲佳に、絢瀬は続ける。
「───この僕に、一宮さんが願いを叶えるための手伝いをさせてほしい。争いは、もう僕が起こさせない。君を傷つけるような全てを、僕がこの手で引き受ける」
それに玲佳は驚きも含んだ声で答える。
「でも、そんなことをしたら、またこんな風に傷ついちゃうよ……? 世奈くんがそこまで私のことを背負い込まなきゃいけない義理だってないんだし……」
「───確かに、またこんな風に傷つくことだってあるかもしれない。扇谷邸の一件でも、痛いほどに分かった。僕一人だけで、なんでもかんでも解決出来るってわけじゃないことも」
「……。」
「でも、僕は今回こうやって、一宮さんと一緒に無事に生きていられてる。今までの僕だったら……それは無理かもしれなかった。それでも、今回は一宮さんが本当の願いを言ってくれたから、そのために僕は乗り越えることが出来た」
「……っ!」
「一宮さんが笑って過ごせる毎日のためなら、僕はなんだって乗り越えられる。悲劇なんていくらでも止められる。だから、どうか僕を信じてほしい……! ───それに、さっきみたいに一宮さんが僕のことを助けてくれるなら、僕はもう絶対に死なないって約束出来るよ」
「……いい、のかな」
玲佳は、絞り出すように小さな声で呟いた。
「私なんかが、そんな我儘を言っても、いいのかな……」
答えなんて決まっていた。絢瀬はそれを実現するために、今日まで戦ってきていたのだから。
「うん、……いいよ。いいに決まってるさ。……だって───この世界に、幸せを望むことすら許されない人間なんて、いないんだから」
絢瀬の答えに、玲佳は優しい表情を浮かべ、絢瀬を抱きしめる腕にギュッと力を込めた。
「ねえ、世奈くん。……それじゃあ私から、君に一つ我儘を言ってもいい?」
恥ずかしそうに、ちょっとうつむきがちに少女は聞いた。そして、
それに絢瀬が頷いたのを確認して、玲佳は顔を上げて絢瀬のことを見つめた。そして、勇気を振り絞り、言葉を紡ぐ。少女の最大の我儘を。少女の最上の望みを。
「……私の隣を、他の誰でもない、世奈くんに歩いていってほしい。それがどれだけ困難な道のりでも、それでも……! これから、ずっと───あなたに、私の隣にいてほしい……!」
それが、世界との繋がりを望む少女の第一歩だった。少女の最初の願い───それは、『大切な男の子の隣に立ちたい』。そんな、ごく普通の少女が抱く願いとまったく同じものだった。
これまでは、そんな願望を胸に抱くことすら許されなかった。でも、今は違う。彼女の目の前には、それを受け止められるくらいの力を持った嫌われ者の少年がいる。この少年にだったら、打ち明けられる。どんな想いだって、『告白』することが出来る。
絢瀬はその言葉を聞いて、暫し固まっていた。そして、頭の中でその言葉の意味を咀嚼し、理解した辺りでわたわたと慌て始めた。そんな様子の絢瀬を見て、玲佳は可愛らしく笑った。
「え、っとー、……そのー、あのー、んー? えっ、あの、それって……?」
多分、彼の人生史上最も慌てふためきながら、とてつもない情けなさを見せ、絢瀬は聞く。
「───っふふ。……多分、君が考えている通りの解釈であってるよ」
楽し気に、玲佳は答えた。それを聞いて、更に絢瀬はごっちゃごちゃになってしまうが。
「それで、……どうかな? お返事の方は。……やっぱり、私の隣じゃ……ダメ、かな?」
不安げに、玲佳が聞いてきた。冷静さを取り戻すのには少し時間がかかったが、
絢瀬はなんとか心を落ち着かせようと深呼吸をして、顔つきを真剣なものへと変えて、
そして、返答した。
「僕も、一宮さんの隣に、君の隣に立っていたい! だから、僕からも言わせてほしい───」
「一宮さん、僕と付き合ってくれ!」
夕暮れの空に、嫌われ者の少年の声がこだました。
その言葉は、少女の世界をあっという間に塗り替えた。
そして、
「はい……っ! こちらこそ、よろしくお願いします……!」
それが、傾国の少女が、世界との繋がりを取り戻した瞬間だった。
少女が孤独に生きなきゃいけない残酷な世界は、今このときを持って、終焉を迎えた。




