一宮玲佳と絢瀬世奈
「はぁ───、っ、ふっ、……はぁ───」
扇谷天征という脅威を退け、絢瀬は肩で息をしていた。
「世奈くん、大丈夫⁉」
そんな絢瀬に駆け寄り、心配そうに玲佳が声をかける。
「……はあッ───。まあ、なんとか、……ね…………」
返事をするのにも精一杯、という感じで、絢瀬は玲佳の問いに答えた。
けれどまだだ。扇谷という脅威は去ったが、今にも爆発しそうなこの航空機という危機が未だに残っている。絢瀬は会話はひとまず置いといて、先ほど扇谷が引っ張り出したパラシュートに目をやり、
「とにかく、ひとまずここを脱出しよう。この機体は……もう限界だ」
そう言って、パラシュートを拾い玲佳へと手渡した。
「早く、これを付けて! ───出来たらすぐに出よう‼」
絢瀬は、すぐに自分にはパラシュートを付け始めず、先に、床に転がった扇谷へとパラシュートを付け始めた。
航空機の炎は徐々に大きくなっている。不気味に機体は揺れていて、黒い煙も上がっている。その焦りが、ハーネスを身体に付けようとする玲佳をてこずらせる。
小規模の爆発が、続く。
絢瀬は扇谷にパラシュートを付け終わったのか、自身で開けた穴から扇谷を先に降ろしたようだった。玲佳は自分の装着に手一杯で、確認する余裕はない。だが、
恐怖心を振り払いながらも、玲佳はどうにかパラシュートを装着し終えた。
「───世奈くん、出来たよ! 私はもういつでも───」
脱出の準備が整い、玲佳は準備をする絢瀬へ目を向けた。しかし、丁度そのとき。
絢瀬の手からパラシュートがずり落ち、その全身が力尽きるように沈んだ。
「せ、世奈くん……っ⁉」
咄嗟に、倒れそうな身体を玲佳が支える。絢瀬は絞り出すように声を発し、
「……ご、め───。も、う身体に、力……が、入ら───」
それは、もう、今すぐにでも死んでしまいそうな、そんな声だった。
とっくに、絢瀬の身体は限界を迎えていた。
病院で目を覚ました時点で無理があった。そこから、案内人との決着を付けて、扇谷との死闘を終わらせた。手榴弾で受けた傷は既に大きく開いてしまっていて、むしろここまで動けていたことの方が異常なくらいだった。
「だ、大丈夫。すぐ、私が付けてあげるから……!」
床のパラシュートを手繰り寄せ、動けなくなった絢瀬に付けようとする。だが、
ドゴォン! と、大きく機体が揺れた。パラシュートは更に遠くへ滑ってしまう。これまで以上に大きい爆発だった。
きっと、もう今から付けるんじゃ間に合わない。機内には煙が立ちこみ、燃料タンクの方からも異音が鳴り響いている。一刻の猶予も残されていないことは明白だった。そして、
「っ! 間に合わな───ッ‼」
炎が、広がった。
起きようとする爆発から少しでも離れるように、玲佳は絢瀬を抱きしめ、開かれた扉の方へ跳んだ。玲佳の背中を機内から押し出すように、炎が膨れ上がった。
それが、起爆のスイッチとなり、機体は巨大な爆弾と化して爆発した。
遥か上空。青い空に、炎と衝撃が広がる。
「───ぐうッ、……うぅ……!」
幸いにも、玲佳の身体は、抱きしめた絢瀬と共に空中へと投げ出された。機体そのものの大規模な爆発には巻き込まれなかったが、爆風が玲佳の身体を焦がす。
「……ッ! しまっ───」
爆風にのまれ、玲佳の腕から抱きしめていた絢瀬が離れた。
彼は、玲佳と違ってパラシュートを付けていない。なんなら、意識まで失われてしまっている。このまま落下すれば、玲佳のために戦った少年は命を落としてしまう。
(助、けないと……!)
必死に、玲佳は手を伸ばす。しかし、絢瀬までは距離が開いてしまっている。必死に風の抵抗を乗り越えようとするが、なかなか距離は縮まらない。
(世奈くんは……、こんな私を、助けようと戦ってくれた。命まで懸けて、たくさんたくさん怪我をして、それでも……ヒーローみたいに駆けつけてくれた)
目の前で落下し続ける少年は、自分の身を犠牲にしてでも立ち上がってくれた。こんな風に意識を失ってまで、戦い抜いた。そんな少年が、このままでは地面に打ち付けられ、命を落としてしまう。───それなら、今度は自分の番だ。立ち上がるのは、少女の方だ。
(今度は、私が助けてみせる! 今度は私が、救ってみせる‼)
少しずつ、少しずつ、玲佳は絢瀬へと近付いていく。
もしパラシュートが自動で開く高度まで落ちてしまえば、もう少年を救うことは不可能になる。だからそれまでに、なんとしてでも少年の元へと駆けつける。
あと、二メートル。
冷たい風が、玲佳の身体を撫でる。
あと、一メートル。
恐怖も、不安も、痛みも、少年を助けるのには必要ない。全てを、抑え込む。
あと、───。
「───世奈くん‼」
玲佳は手を伸ばし、彼の名前を叫んだ。伸ばした手は、まだギリギリ届いていない。だが、
少年が目を覚ますには、それで十分だった。
「───っ、世奈くん‼」
絢瀬世奈が、目を開く。彼の目の前には傾国の少女がいて、彼女は少年へと手を伸ばしていた。だから絢瀬はその手を取って、笑った。
「……ありがとう、一宮さん。おかげで、助かったよ……」
玲佳はそれを見て、穏やかな笑みを浮かべた。そして、絢瀬の手を引いて、そっと身体を抱き寄せる。もう、決して離さないように。
本当に、直後だった。数秒後、パラシュートは自動で作動した。落下という悲劇は、玲佳の努力によって回避された。気付けば、青かった空は夕暮れに変わっている。夕陽に照らされた二人は、そんなオレンジの空をゆっくりと降下し、地上へと向かい始める。




