一閃
時間はない。おそらく、一宮玲佳は自分の命を終わらせることでこの混乱を終わらせようとしている。彼女が大して背も高くない柵から身を乗り出せば、それで全てが終わってしまう。彼女は、意を決するように、ゆっくりと、柵へと近づいている。絢瀬は今すぐにでも屋上までたどり着き、彼女を止めなければならない。
だが一方で、群衆は彼女が何をしようとしているのかを理解出来ていない。そのため、私利私欲で屋上へと走り出す者、目の前の敵に再度集中する者、混乱してしまい動きを止めている者、等々《などなど》に分かれて再び混乱が取り戻されつつある。この集団を乗り越えなければ、少女へとたどり着くことは出来ない。絢瀬は、そんな群衆を前に一歩踏み出した。
「あの子は死なせない、僕が止める」
隣の東に一言だけ言い残し、最短距離で突っ切ろうと考え、足を動かす。
そんな絢瀬に気付き、群衆の中の何人かが、歩いてくる絢瀬を迎撃しようと武器を構える。
だが、
「───待て」
歩き出した絢瀬の肩を掴む形で、東が呼び止めてきた。
「……拙者だって、この状況を前に休んでなどいられん……。それに、こんな群衆を相手にしていたのでは、一宮殿の元まで間に合わんだろう! 今の最優先は彼女だ!」
東はそう言って、絢瀬を横に押しのけ、木刀を深く構えた。目の前の群衆に対峙するように。
「もう、大して身体も動かせん拙者では、どうせ一宮殿の元へはたどり着けん。───だからせめて! 絢瀬殿の道くらいは、切り開いてみせるッ‼」
東は目を閉じて、長く深呼吸する。
明確に、彼の周りの空気が変化するのを感じる。
「はぁ───っ」
目を開けて、木刀を握る手にあらん限りの力を込める。
「───うううぅぅぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおああああああああッッッ‼」
一閃。
轟音が鳴り響き、目の前の人の壁が、大穴を開けた。
「ハッ……、わざわざ怪我をせんように調整してやったんだ。流石の主らも、この程度では死なんだろう‼」
身体中の力を使い果たした東は、笑いをこぼしながらそう言って。
「───さあ、走れ絢瀬殿! 後は任せる、その手で! 一宮殿を救ってやってくれ‼」
「ああ、任された‼」
絢瀬は、開けた校庭を突っ切る。もう邪魔はない。校舎へと一直線に駆ける。
後ろを見ると、絢瀬を追いかけようとする恋敵たちがいるが、東が食い止めてくれている。
「ここから先は、この、東秀道が一歩も通さん!」
その声が聞こえたから、絢瀬は前だけを向いて走ることが出来る。廊下を抜けて、階段を上がり、屋上への扉を、殴るようにしてこじ開ける。そうして、
───絢瀬世奈は、一宮玲佳の前までたどり着いた。




