『嫌われ者』
翔麗高校へとたどり着いたとき、絢瀬の目に飛び込んできたのは凄惨な光景だった。
目の前には、数千はいると思える人間たち。性別も、年齢も、国籍も、数多の属性がバラバラの人間たちが、一堂に会して醜く争いを繰り広げていた。
あちこちで血が流れ、火が立ち昇り、刃物をぶつけ合う音や銃声が響き渡っている。
「………ッ!」
明らかに、これまでとは争いの程度が違う。一宮玲佳が表舞台から姿を消すかもしれないという焦燥感が、人間たちの暴力性を極限まで高めている。使われている道具の破壊力も、戦っている人間の技術も、その全てが上がっている。事態が事態のためか、きっと、扇谷会のような裏の世界の住人たちだって参戦しているはずだ。彼らも、一宮玲佳が案内人と本気で雲隠れをしてしまったら、その消息は二度と掴めないと理解しているから。
ひとまず、玲佳のことを探して絢瀬は視線を回すが、それでも姿は見えない。まだ戦っている連中にも、玲佳がどこにいるのか、その所在はばれていないようだった。
(とにかく、一宮さんを見つけよう。それと同時並行で、出来る限り暴れてる馬鹿どもの意識も奪う、死にそうな奴がいたらそいつも助けながら……。まったく、我ながら、なんて難易度の挑戦だよ……‼)
それでも、やるしかない。今にも傷が開きそうな身体を無理やり動かして、争いの渦中へと絢瀬が飛び込もうとした、そのとき。前方から、一人の男が投げ出されるように飛んできた。
その男は絢瀬にも劣らないくらい全身がボロボロで、血をこぼしながらぐしゃりと鈍い音を出し、コンクリートの上を転がった。
「アンタは……、東、秀道──ッ‼」
戦場からはじき出されてきたのは侍男の東秀道だった。彼は絢瀬が知る中でも屈指の実力者だ。それが、こんなに傷まみれになるほどの攻撃を受けて飛んできた。
「む……。あ、やせ殿ではないか……。良かった、目を、覚ましたのか……」
木刀を杖のようにして、東は立ち上がりながら絢瀬の顔を見た。絢瀬は急いで駆け寄って、
「なんで、そんなにボロボロになってんだよアンタ! いくらヤバい連中も集まってるからって、アンタ程の腕があれば、ここまでやられることにはならないだろ!」
「ははっ……、随分と、高く評価してくれているのだな……絢瀬殿。なあに、この場を治めようと、この戦いの全てを一手に引き受けようとしただけだ……。まあ、拙者では力及ばず、こんな有様になってしまったのだが……」
それは、偶然にも絢瀬がこれからやろうとしていることと本質的に同じことだった。
この東秀道も、自分自身がこの場の全員を相手取ることで、必要のない悲劇が起こるのを防ごうとしていたのだ。群雄割拠たる、この戦場の全てと戦うことで。
「だが、まだ終わるわけにはいかない。どこか嫌な胸騒ぎがするのだ……」
「……胸騒ぎ?」
「先ほどから、いや、この争いが始まる前、ここに人が集まりだしたときからずっと、一宮殿の姿が見えん。半田教師によれば、この校内のどこかにはいるはずなのだが、一向に行方が掴めん。絢瀬殿も分かっているだろうが、一宮殿は自身がもたらす争いを防ぐために学校を去ろうとしていたのだろう……。ならば、もし一宮殿がこの惨状を見てしまえばどうなるか、彼女がこれをどう思うのか───想像に難くはあるまい」
一宮玲佳は、絢瀬世奈が傷つくところを見て、これ以上悲劇を起こさないために退学という選択をした。けれど、情報が漏れてしまったことで、結果的にその選択がこの混乱を生み出してしまっている。それを、心優しい少女がどう受け止めるのか、難しい問いではない。
「この事態の収拾をつけようと、良からぬ方向に向かう可能性もある。……そのためにも、一刻も早くこの争いを止めなければならないのだが……」
立つことすらおぼつかない東の身体から、ドバっと血が噴き出た。絢瀬は肩を貸し、
「分かった、後は僕がなんとかする! だからアンタは安心して、一旦安全な場所に───」
そう言って、ひとまず東を運び出そうとした絢瀬だが、突如、戦場の空気が一変した。
『───お、おい! あれを見ろ‼』
争いをする誰かの声が響いた後、群衆にどよめきが走った。それも、その場の全員が争いの手を止めてしまうくらいに。目の前の敵のことなんか意識外へと消えてしまうくらいに。
全てが、止まった。絢瀬もつられて群衆の視線の先を探した。
「─────────ッ!」
全ての視線が、一点に集中した。翔麗高校の屋上、そこに立つ一人の少女へ。
「一、宮、さん……」
そこには一宮玲佳が立っていて、嫌な胸騒ぎが、今まさに、実現しようとしていた。
一宮玲佳はこの戦いを見て、これから起ころうとする悲劇を止めなくちゃ、と考えた。
でも、そんな都合のいい方法なんかなくて、少女がどう意思を示したって流れる血は止まらなくて、───だから、彼女は残されたたった一つの方法に縋るしかなかった。
彼らは、一宮玲佳を巡って争っている。ならば、
この世界から一宮玲佳がいなくなれば、争いなんて起こらなくなる。
つまり、自分の命を終わらせることで、争いに終止符を打つ。それが、少女の最後の選択だった。これまでにない最大規模の悲劇を前に、これ以上の選択肢を少女は用意出来なかった。
「……一宮殿、その身を投げうって、この悲劇を止めるつもりか───ッ⁉」
「…………………………、」
全てを、少女の最後の選択を理解して、絢瀬は数秒の間沈黙を貫いていた。瞳を閉じて、自身の中で駆け巡る激情を、必死に処理していた。
「……………………終わらせるか‼」
絢瀬は心の中の全てを闘志へと変えて呟く。そして、
目を開き、彼がなによりも止めなければならない最大の悲劇を、真正面から見据えた。
そのとき、屋上に立つ一宮玲佳と、視線が交わった気がした。
「そんな最悪な結末が、正解だなんて認めない……」
だから絢瀬は拳を構えて、そして、どこまでも硬く拳を握りしめて、彼女を初めて目にしたときとまったく同じように、傾国の少女に向かって宣戦布告をした。
「こんなくだらない悲劇は、僕がぶっ壊す……!」
目指せ、彼女と対等な存在を。こんな残酷な世界を壊せる『嫌われ者』を。
「───僕が、『傾国の少女』の隣に立ってみせる‼」
あのとき、彼女に届くことはなかった言葉。
でも、今回は違う。その宣言は、確かに一宮玲佳へと届いていた。




