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傾国の少女と嫌われた少年  作者: 末乃
第三章 『扇谷会』
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失敗した世界

 絢瀬や華火、巻き込まれてしまった少女は案内人ナビゲーターによって病院へと運び込まれた。華火や少女は幸いにも軽傷、しかし絢瀬は意識不明の重体だった。辛うじて命は繋ぎ止められたものの、意識は決して戻らないままだ。全身にはチューブや管が繋がれ、それでやっと生命活動を続けられているという状態。そして、

 今も止まったままの絢瀬世奈を置き去りにして、無常にも時が流れた。


 絢瀬が重症を負った三日後、『崩壊』した少女は翔麗しょうれい高校に訪れていた。場所は、問題を起こした生徒が連行されるだけでなく、教師と生徒の面談なんかでも使用される生徒指導室。もちろん、普通に授業を受けに登校してきた、という雰囲気ではない。目の前には、少女の担任である半田が座っていて、机を挟んで互いに向き合っている。

 目の前の半田は重苦しい表情をしていて、どう言葉を紡げばいいのか、分かりかねている様子だった。しばらく生徒指導室では無言が続いたが、ようやく半田の方が口を開いた。

「本気、なんだな?」

「………………はい」

 半田の確認に小さな声と共に頷く玲佳。半田の手には何枚かの用紙が握られていて、その一番上の用紙には退()()()という三文字が刷られている。自然と用紙を握る半田の手に力が入る。

 半田は書類に目を通し、顔を上げ、感情を飲み込んで説明を始めた。

「主任などを含めた面談は、今回は事態を考慮して無しでも構わないという判断が出た。保護者、正確には未成年後見人こうけんにん署名しょめい捺印なついんもキチンと添えられているし、書類の方は問題ない。後は、俺がこれらの書類を上に持って行って、承認されればその時点で手続きは完了する」

 退学手続き、半田はその流れをおさらいして、目の前の教え子へと話しかけた。

「───にしても、残念だよ。こんなに早くお別れになっちまうなんて」

「……、」

 玲佳は、目線も合わせずに下を向いたまま口を閉ざしている。

「少なくとも、一年間は毎日顔を合わせることになるって思ってたんだけどな」

「……、」

 玲佳は、言葉を発さない。自分が口を開くことが、誰かの命に関わると分かっているから。

「───すまなかった。担任を受け持っておきながら、お前に何もしてやることが出来なくて」

 半田は、教え子に対して深く頭を下げる。

「…………、」

 それでも少女からの返事はない。半田は唇を噛み、悔しさを無理やり飲み込むようにして、書類を持って立ち上がった。

「今から俺は、この書類を提出してくる。数時間もあれば確認も終わるだろう。それが終われば、お前はもう俺の生徒じゃなくなる。俺が関われるのもそれまでだ。数日もすれば、前払い分の授業料なんかも返金されることだろう」

 半田という教師は、自分でそれを理解している。自分がどれだけ目の前の教え子を説得しようとも、その言葉は少女の心にまで響かないと。

 だから、出来るのは精々これくらい。ほんのちょっとの小さな抵抗だけであると。

「───()()()()()、だからその間にクラスのやつらに別れでも告げておけ。これでお別れになるんだからな」

 最後に抵抗として、半田は目の前の教え子に言葉を残した。少女の性質を理解しておきながら、なんて酷い言葉だろうと自分でも思う。

「一宮だって、最後に話しておきたいやつ、───一人くらいはいるんじゃないのか?」

 そうして、彼は生徒指導室を出た。

 結局、担任の半田に出来ることは人頼みでしかなかった。おそらく、一宮玲佳の心を動かせる人間がいるとしたら、それは半田のような教師ではなく彼女と同じ立場で世界を見ている生徒、子供たちなのだろう。そして、そんな生徒は、きっと今も病院で眠り続けている少年のことなんかを指すのだろう。

 これまで、半田は見ていた。教室には凄い力を持った少女がいて、そして、その少女に挑み続ける少年がいたことを。凍てついた少女の心を溶かそうと、悩み意見を交わし合い、工夫を凝らし続けた子供たちがいたことを。あるところには、真向まっこうから当たって砕ける侍男なんてのもいた。きっとそうした積み重ねが、いずれ少女と世界を結びつけるのではないかと、希望的観測を持っていた。けれど、

 残り数時間、その終焉リミットが来れば一宮玲佳は翔麗しょうれい高校を去り、世間から姿を消す。たった半月はんつき程度、半田が受け持つ一年四組の当たり前は、早々にして終わりを告げる。

 これが結末、絢瀬世奈が敗北したことが招いた一つの結果。少年は、少女の隣に立とうと努力し、失敗した。少女の心までをもへし折る最悪の形で。少女は、外界との繋がりを完全に諦めてしまった。そして、その事実はもう決定されようとしていて、

(……叶えたい夢があるなら、早く目を覚ませよ絢瀬。俺(ごと)きが稼げる時間なんて、少ししかないんだから)

 もはや教師としての尊厳や立ち位置なんてかなぐり捨てて、半田は強く願っていた。そうして悔しそうに歩き出す、終焉リミットを迎えるために。

 時間はもう、残されていない。

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