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傾国の少女と嫌われた少年  作者: 末乃
第三章 『扇谷会』
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「はあっ、はぁ、……はぁ───」

 傾国の少女・一宮いちみや玲佳れいかは、息を切らして曇り空の街を一人走っていた。本来なら今の時間、彼女は学校で授業を受けているはずだった。それでも、その授業を放り投げてでも、どうしても行かなければならない場所があった。扇谷会、この辺りの地域では有名な暴力団の名前である。その本邸、扇谷邸に彼女は向かっていた。

 玲佳は今朝、学校に到着した時点でその違和感を覚えていた。いつも、玲佳が学校に着く頃には到着している茶髪の少女がいないのだ。確か、その少女の名前は浅倉華火といったか。玲佳には日頃よく話しかけてくる少年がいて、その少年と茶髪の少女は仲が良かった。だから、記憶にも残っている。ただ欠席しただけなのかもしれないが、嫌な胸騒ぎがした。

 ホームルームが始まり、一時間目が始まっても、茶髪の少女は学校に来なかった。そして、玲佳によく話しかけてくる少年・絢瀬世奈も同様に、学校に来てはいなかった。

 一時間目が終わると、とある男子生徒が席を立って廊下に向かった。その生徒は、絢瀬世奈とも浅倉華火とも仲が良かった。彼になら、教室に姿を見せない二人について何か聞くことが出来るかもしれない。思い違いかもしれないが、どうしても不安を払拭したくて、玲佳はその生徒の元へと向かった。そして、聞いてしまった。

 扇谷会という組織が絢瀬世奈を狙っていること。その過程で浅倉華火が誘拐されて、絢瀬世奈がその救出に向かっていること。

 玲佳は、それを聞いて失敗したと思った。彼女は特殊な体質で、多くの人から異常なまでに愛される力を持っている。彼女が誰かと親しくなれば、他の誰かがそれを憎んで争いが生まれる。そんな異常の中に彼女は身を置いていた。だから、そんな争いを生まないために、彼女は人との関わりを断ち切っていた。そのはずだった。

 けれど、高校に入学してからというもの、玲佳は絢瀬世奈という少年と何度か関わりを持ってしまった。大したことのない、どこまでも細い関わりだったけれど。それでも、これまでの彼女を考えれば破格と言える程の関わりが生まれてしまっていた。たった数回、会話を交わした程度だけれど、それも他者から見れば十分に意味を持ってしまう行為だった。

 玲佳には分かっていた。もし絢瀬世奈が自分と関わり続ければ、彼がただで済むことはないということを。だから、『もう自分には話しかけるな、放っておいてくれ』、そう彼にも伝えたところだった。

 だが遅すぎた。彼を止めるなら、もっと早くに止めるべきだった。止めるときだって、放っておいてくれ、なんて簡単な言葉じゃなく、もっと強く明確な言葉で拒絶をしておくべきだった。たった少しの関わりに、周囲は意味を見出してしまった。利用価値を見出してしまった。

 だから彼女は止めなくてはならない。絢瀬世奈や浅倉華火が、どこかの誰かによって傷つけられてしまうのを。自分のせいで、誰かが傷ついてしまうのを。

「あ……」

 そうして走っていると、雨が降って来た。当然傘なんて持っていないので、少女の制服は雨に濡れていく。少しずつ制服が重量を増していくのを感じる。だけど、そんなことを気にしてはいられない。もう少し、あとほんの少し走れば、目的地の扇谷邸にたどり着けるのだから。

 しばらく走ると、扇谷邸が見えてきた。

 扇谷邸、そのおごそかな入り口が大きく崩れているのを見て、玲佳は血の気が引いた。ここでは、間違いなく何かしらの争いが確かに起こっている。自分のせいで、争いが起きてしまっている。すぐにでも中に入っていきたいが、その入り口は酷く崩れていて人が通れそうにない。

 玲佳は、他に入っていけそうなところはないかと辺りを見渡した。すると、扇谷邸を囲む板塀の一部が穴を開けていた。まだ微かに炎が残っているが、雨によってほとんど消えてしまっている。人間一人くらいなら通り抜けられそうだ。

 そして、その穴をくぐり抜けて、少女は扇谷邸に足を踏み入れた。

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