救出
近年は、暴力団などの反社会的勢力への取り締まりが強まっている。拳銃などの所持も立派な摘発対象となる。そのため、組事務所に人を常駐させることも減ってきているはずなのだが、どうやら今日の扇谷会は違うらしい。
『あぎゃあ──ッ!』
そのスーツの男・見張り役は、絢瀬に顔面を掴まれ宙に持ち上げられていた。
「結構人数いるんだなあ……」
入り口から堂々と中へと入った絢瀬。絢瀬を制止してきた見張りを瞬殺したところ、即座に大勢の組員が、取り囲むように立ち塞がってきた。
『……止まれ、貴様が絢瀬世奈だな』
その中でも、一番立場が高そうな奴が銃を構えて絢瀬に警告する。
『言うことを聞け、お前の大切なお友達は、我々扇谷会が身柄を確保している! そいつの命が惜しくば、大人しく両手を上げ───』
ゴッチーン、という衝突音を出して、そいつは地面へと転がった。
「何、……勝手に喋ってるんだよ」
絢瀬が、掴んでいた男を警告してきた男にぶつけたのだ。
「アンタらは、人質がいるからって僕と自分らが対等な関係だと考えているみたいだけど、───勘違いするな。今日僕は、扇谷会を一人残らず叩き潰しに来たんだ」
『チッ……。オイ、てめえら! コイツの動きを止めろ! 足を狙って撃てええ!』
それが開戦の合図となった。絢瀬と扇谷会の戦いが幕を開ける。
けたたましい銃撃音が、扇谷邸に鳴り響く。そしてそれは、一番奥の屋敷に囚われている浅倉華火の耳にも入っていた。
(……銃声?)
華火は両手両足を縛られ、畳の上に転がされていた。すぐ周りには四人の武装した男たちが居て、身動き一つとれない状態だ。少なくとも、この屋敷では何かが起きているようなのだが、華火にはそれを知る術はない。
(何が起きてるのよまったく……、携帯も取られちゃって助けも呼べないし! くそー、まさか私が誘拐されるなんて、完全に油断してたわ……!)
武装した男たちはトランシーバーを一人一つ持っていて、それぞれが片耳まで伸ばされたイヤホンを装着している。一人の男を見ていると、何か交信したのか、トランシーバーに向けて応答をし始めた。
『はい、…はい。……了解しました、直ちに連れて行きます』
何か連絡があったらしい。連れて行くとはおそらく、華火のことをだろう。
この銃撃音が関係しているのだろうか。誰か、例えば絢瀬とかが華火を助けに来ていて扇谷会と交戦でもしているのではないか。考え、華火は不安げな表情を浮かべる。
『おい、浅倉華火。ちょっと急用が入った、悪いがお前にはここから移動してもらう』
交信していた男は、縛られた華火を担ぎ上げようと両腕を伸ばしてきた。
「──ッ」
腕を伸ばす男に対して華火は精一杯の嫌悪を向けるが、出来るのは精々それくらい。抵抗出来ることなんて一つもない。
男は、そのまま華火を掴んで持ち上げる。
───いや、持ち上げようとする。
『……?』
しかし、何故だか男は華火を持ち上げない。華火を掴む腕に、力が入らない。
『おい、なにやってんだよ』
隣の男が華火を掴んでいる男の肩を掴み、話しかけると、
瞬間、華火を掴む男の腕が、真っ赤に染まった。
『うぅぅうう! ───うわぁぁぁぁぁああああああ‼』
男はあまりの光景と、遅れてやって来た痛みに絶叫した。
男が腕に力が入らなかったのは、腕の神経を一瞬にして切断されてしまったからだ。
では、気が付く間もなく腕を切られてしまったのは一体どうしてか、
そんな芸当、出来る人間は一人しかいない。
華火がふと窓に目を向けると、クナイを逆手持ちした忍者のような男がいた。
『だ、誰だお前は!』
一人の男が叫ぶように言ったと同時、複数の銃口が忍者へと向けられた。だが、
『ッ⁉』
風が吹いた。そして、
向けられていた拳銃、その全てが一瞬でバラバラに切断された。
一部始終を見ていた華火も、何が起きたか理解出来なかった。
窓にいたはずの忍者が、銃口を向けられたと同時に前方へと消え、拳銃を構える男たちの後ろまで移動していた。
『な……、な、…に、……を』
男は振り向きながら言葉を絞り出したが、反撃するでもなく畳に膝から崩れ落ちてしまった。
忍者は拳銃を切断しただけでなく、男たちの意識まで刈り取っていたのだ。
「あ、アンタ、一体何者……?」
あまりの力に、恐る恐るといった感じで華火が尋ねた。
「案内人、……こういうどうしようもない連中の、対処を専門とする人間だよ」
「案内人? それって確か………っておい!」
一言、たったそれだけを言って、案内人は華火を担ぎ上げた。
「えっ! ちょ、ちょっと!」
「ここから逃がしてやる。だからちょっと大人しくしていろ」
「いやいや! もっと詳しく説明してよ!」
「説明なら、後でアヤセから聞くといい」
「───ッ! やっぱ絢瀬も来てるの⁉ て、ちょ、……!」
華火の必死の叫びも虚しく、案内人はそのまま窓枠に足をかけた。
「い───っ⁉」
両手両足を縛られたままの華火は、ぎょっとして声を上げる。
窓の外を見て気付いた、ここは三階だ。
「た、タンマ。まさか、ここから飛び降りたりはしません……、よ、ね?」
案内人から返事はなかった。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
そのまま案内人は、隣に並ぶ屋敷の屋根までジャンプし、いくつもの屋根を跨いで地上へと向かった。身動き一つ取れない華火の視界が、ぐわんぐわんと揺れた。




