抱えていた違和感
翔麗高校では、既に一時間目の授業が始まり、絢瀬たちの属する一年四組も丁度物理の授業が行われている最中だった。既に授業は後半で、教師が授業のまとめに取り掛かっている。そして、平良は教卓の目の前、最前列でぼんやりと授業を聞き流していた。
(アイツら、今頃上手くやってるかな……)
頭に浮かぶのは、絢瀬世奈と案内人、浅倉華火救出に向かった二人である。どうして、平良が一人学校に残っているのかというと、それは単純に彼が絢瀬や案内人のような戦闘能力を持っていないからである。彼はどちらかというと非力な人間で、運動能力はからきしな方だった。頭こそ回るが、流石にそれだけで暴力団の屋敷に殴り込みにいけるほどの自信もない。
そもそも、今回の目的はあくまで殲滅ではなく救出なので、人手や戦力があればあるほどいいという話でもない。
(……まっ、あの二人ならそうそう死なないだろ)
結局考えていても仕方がないので、そう割り切って思考をやめる。すると、丁度授業の終了を告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。次の授業までの少しの余白が出来る。
(よし、飲み物でも買ってくるか……)
席を立って廊下へと向かうと、扉の先に背の高い大男が居るのが見えた。
「げっ───」
そこに居たのは、紺色袴の侍男・東秀道である。ここのところ、一宮玲佳に話しかけようとよく教室前までやって来ているのだ。絢瀬くらいしつこい。
「……えっと、東さん。何やってるんですか?」
通り道を塞ぐように立っているので、そこを通りたい平良としては話しかける他なかった。
「む、……おお、平良殿か。朝に会ったぶりではないか」
そういえば今朝、平良は扇谷会に襲われたところを東に助けられていたのだった。
「朝はありがとうございました。おかげさまで助かりました」
「いやいや、あれしき───どうってことないさ。それに、あのスーツの連中も諦めるや否やさっさと逃げ帰りおったしな。まったく、情けない男たちだ」
そう笑って、東は教室を見渡して、
「ん? そういえば、今日は絢瀬殿は来ていないのか?」
見覚えのある顔がないのを平良に尋ねてきた。
「……それが、ちょっと色々ありまして」
「……?」
一度廊下に出て、教室の壁に背中を預けながら平良は説明を始めた。
「朝、俺を襲ってきた連中───どうやら扇谷会って名前の暴力団らしいんです」
「扇谷会? 確か、ここらでは有名な暴力団の名だったか……?」
東も、既に扇谷会という存在を認知くらいはしているようだった。
「はい。そして、そいつらが狙っているのが絢瀬みたいなんです」
「絢瀬殿を?」
東の質問に頷き、平良が肯定する。
「それで、その絢瀬を脅迫するために俺や浅倉って女の子の誘拐をしようとしたんです。幸い、俺は東さんのおかげで助かりましたが、浅倉は連中に連れ去られてしまったみたいで」
「なんと! 一大事ではないか! ……それで、絢瀬殿は⁉」
「前に東さんも話してた案内人って奴と、二人で扇谷会に向かいました。多分、今頃救出するために乗り込んでいるんじゃないかと」
「あの案内人と……? いや、今はそれはいいとしよう。にしても、まったく絢瀬殿も水臭い、一声かけてくれれば拙者の力などいくらでも貸したというのに……」
「あくまでも救出に行ったので、少数の方が都合も付いたんだと思います」
「それでも、もしもということがあろう。平良殿、その扇谷会の場所は分からぬのか? 拙者も微力ながら助太刀致そうと思う」
そうして二人が会話をしていると、
近くに、それを聞いている一つの影があった。話すのに夢中で、二人は聞かれていることに気が付いていなかった。
「───あ、あの」
その声に、平良と東が振り返る。すると、そこには一人の少女が立っていた。
「……ッ! ……一宮、さん」
思わず、話しかけられた事実に平良が驚く。彼女が自分から話しかけるのなど、入学式の朝に曲がり角で絢瀬に疑問を呈したときくらいだ。普段彼女に話しかけようとする動きを阻止する連中も、彼女側から話しかけてしまったのでどう動けばいいか分からないでいた。
「平良くん、今日、浅倉さん来ていないよね?」
多分、どこかで少女も思い当たる節があったのだろう。だからこうして話しかけてきている。きっと、何かに感づいている彼女に誤魔化そうとしても嘘は通じない。
少女は平良を真っすぐと見据えて、
「今の絢瀬くんの話。私にも、詳しく聞かせて」
何が起こっているのかを、尋ねた。




