共同戦線
翔麗高校の中庭に、学生でもなければ教師でもない人間が一人、異物のように混ざりこんでいた。
「───なんでアンタがこんなところに?」
目の前に突然現れた案内人。一度は戦った相手、絢瀬は思わず警戒の姿勢を取ってしまう。
「まあ待て、今日はお前とやり合おうって来たわけじゃない」
戦闘の意思はないのか、案内人は両手を上げて、
「スーツの男たちについて───何か知りたいんじゃないのか?」
まるで、その男たちについて何かを知っているかのような言葉だった。
「……知っているのか?」
「もちろん、よく知っているさ。なにせあいつらは、ここらじゃ一番大きい組織だからな」
案内人、彼の仕事は確か、一宮玲佳を狙う危険な人物たちが表で暴れないように調整、誘導するという役割のはずだ。彼がよく知る、ということは、その組織はそんな危険な集団の一つなのだろうか。
「そいつら、一体なんなんだ?」
「『扇谷会』……、ここから数十分も歩けば見えてくる馬鹿でかい屋敷を構えた、ここらの地域じゃ有名な暴力団だよ」
「暴力団? っておいおいちょっと待てよ。暴力団がわざわざこんなことやってるってのか」
実際に襲われた平良だが、それでも聞きなじみのない単語に素直に応じることが出来ない。
「んー、……そうだな。じゃあ…これ、どこか見覚えないか?」
案内人が平良に向かってバッジのようなものを取り出して見せた。
「ええっと?」
「そいつらのスーツの胸にも、こんなバッジが付いていたはずだぜ」
絢瀬もバッジを覗き込むと、それは代紋だった。代紋、つまりは暴力団を象徴するシンボル的なマークのことである。服装と同じで黒のバッジに金の羽のような模様があしらわれている。
「───ああ、確かに! アイツらこんなん付けてた!」
その代紋は平良の記憶にも微かに残っていたようだった。
「これで分かったろ。朝、タイラを襲撃した男たちの正体は『扇谷会』。そして───」
「……、」
「───アサクラハナビという女の子を連れ去った連中だ」
外れてほしい予想、であった。だが、こういうのに限って当たってしまうものである。扇谷会。そのスーツの男たちが、華火を誘拐した。
「あいつらの最終目標はもちろんレイカさんだが、今回狙われている標的はお前だ、アヤセ」
案内人は絢瀬を指さしながら宣言した。
「それに、もうそろそろ届くはずだ」
届く? 一体何がだろう、と絢瀬が考えると、丁度学生服のズボン、より正確にはそのポケットに入っている携帯が震えた。着信や通知が来たときに振動するバイブ機能だ。
絢瀬が携帯を開くと、そこには差出人───浅倉華火という表示でメールが届いていた。絢瀬と平良が顔を見合わせ、意を決してメールを開くと、『浅倉華火の身柄について』、という件名が目に飛び込んできた。
「───っ! これ……」
「確定だな。やはり、連れ去られていたか」
絢瀬がメールを読み進めると、『浅倉華火の身柄は拘束した。身柄が惜しければ、絢瀬世奈一人で扇谷会の屋敷にやって来い』───そういった旨の脅迫が書かれている。
「こいつら、なんで僕じゃなくて華火の方を──!」
「……それは純粋に、アヤセが襲撃するには厄介な存在だったからだろうな。現状、有象無象の中では、アヤセが一番レイカさんに近い。ただそれは、あくまで親密という意味ではなく、アヤセがそこらの有象無象なんかには負けないからだ。だから他のやつらと違って長い間彼女の傍をウロチョロしてられる。それを見て、きっと扇谷会はこう思ったはずだ。『絢瀬世奈の身柄を使えば、一宮玲佳を脅迫出来るかもしれない。ただ、その絢瀬世奈も身柄を確保するには面倒だ。だから、手近な女の子でも攫って、まずはその絢瀬世奈から脅迫していこう』、と」
「くそッ! そんなことのために華火が!」
堪らず、絢瀬は携帯を閉じてメールに記されていた扇谷会の住所を目指して走り出す。
「───お、おい待てよ絢瀬!」
平良が急いで絢瀬の肩を掴んで歩みを止めさせる。
「どうするつもりだよ!」
「決まってる! あいつらまとめてぶっ潰す! そして、華火を連れ戻す!」
「一人でかよ! そいつらだって、武装してるはずだろ。拳銃なりなんなりも持ってるかもしれない。そう簡単に行かないだろ、それに華火を盾にされたらなんにも出来なくなっちまうぞ!」
「……それでも、警察なんかに任せるよりは、僕がやった方がマシな結果になる」
「無茶だ、もっと方法を練ってからでも──」
「──そんないい方法ないだろ!」
二人が言い争っていると、
「いや、方法ならあるぜ」
黙って聞いていた案内人が、二人を割って言った。
「「?」」
案内人は、服の中から一つのクナイを取り出して構えた。そして、
「アヤセ、俺もお前に同行する。お前が陽動に徹して暴れ回ってくれたら、その間に俺がアサクラとかいう女の子を連れ出してやる。お前が暴れ出したら速攻連れ出すから、人質として使われる心配もない」
絢瀬を囮にした陽動作戦。案内人は絢瀬に協力すると申し出ているのだ。
「……なんで、……僕を潰したいはずの案内人がわざわざ僕に協力するんだ?」
案内人の考えなら、絢瀬はこのような事態を生む可能性にしか過ぎず、排除したい存在のはずだ。それが、一体どうして。
「あの日、お前と戦ったあのとき。俺はレイカさんに止められて、お前を見逃した。だが、それは失敗だった」
案内人は後悔するように、
「想像していたよりもずっと早く、世界は絢瀬世奈に利用価値を見出して行動を始めてしまった。──あのとき、お前を、少なくとも再起不能くらいにはしておけていたら、きっとアサクラって子はこんな目に遭わずに済んだ。だから、そのせめてもの罪滅ぼしだ。お前ではなく、巻き込まれてしまったアサクラという少女に対しての」
「……、」
「俺がもっと広い範囲で状況を察知出来ていたら、きっとアサクラの誘拐だって未然に防げていた。これに関しては俺の失態だ。俺は、そういうのを未然に防ぐための存在なんだから」
案内人、彼は最悪の事態を避けるために事前にその手を汚しているだけであって、根本的な部分では、人が傷つくことを好んではいない人間なのかもしれない。
「お前はいずれ潰すが、利用価値がある間は手を組んでやる。少なくとも、アサクラを救出するまでは」
「……話は分かった。協力してもらえるならありがたい、是非お願いするよ。でも、それを言うなら失敗したのは僕の方だ。扇谷会ってのに狙われていること、まったく気付けていなかった。それに、警戒するべきだった。華火や平良に危険が及ぶことを、考えなきゃいけなかった」
絢瀬と案内人は少しの間、互いを見つめ合っていた。お互いに、後悔する部分があった。だが、きっと過ぎたことを悔やんでいても仕方がないのだろう。今、二人がしなければならないことは、連れ去られてしまった浅倉華火を救出するために、最善の手を尽くすことだけだ。
協力する、それで話がまとまった。
「案内人、悪いが手を貸してもらうぞ」
「あっさりくたばるなよアヤセ、お前にはたっぷり時間を稼いでもらうからな」
話が決まれば早速行動開始だ。学校なんて後回しでいい。一刻も早く、浅倉華火を救出する。
「「行くぞ、浅倉華火を助け出す」」




